書評・エッセイ

2014年7月号掲載

やんちゃで何が悪い

――フランク・ウォラル『どうしていつも俺なんだ?! 悪童マリオ・バロテッリ伝説の真実』

森田義信

対象書籍名:『どうしていつも俺なんだ?! 悪童マリオ・バロテッリ伝説の真実』
対象著者:フランク・ウォラル著/森田義信訳
対象書籍ISBN:978-4-10-506751-9

 やっぱり、やんちゃなプロ・スポーツ選手が好きだ。
 評伝『どうしていつも俺なんだ?! 悪童マリオ・バロテッリ伝説の真実』を訳して、改めてそう思った。
 もちろん、優等生のスーパー・スターも悪くない。明るく朗らかで笑顔もさわやか。マスコミへの対応もうまく、もちろん本番でもきっちり仕事をし、誰にも負けない「華」を持った選手。何かのスポーツを見はじめ、そのとりこになっていくときのきっかけは、やはりそんなスーパー・スターの存在だろう。現代のサッカーなら、たとえばメッシ。彼の鮮やかなテクニックと類い稀な存在感が、多くのファンを魅了していることは、まぎれもない事実だ。
 しかしどんなスポーツにおいても、観戦する人は、初心者の段階を通りすぎて試合をいくつか見ていくにつれ、そんなさわやかなスーパー・スターのかたわらに、どこかひねくれた表情を浮かべ、問題発言や問題行動で紙面を賑わせ、マスコミやファンと摩擦を起こしながらも独特の輝きを放つ選手たちがいることに気づかされる。型にはまらず自由奔放。大言壮語にして有言実行。気むずかしい一面を見せたかと思えば、子供のようにはしゃぎまわる。今のサッカー界において、そんなやんちゃなスターを探すとすれば、まず目につくのは、ACミランとイタリア代表のストライカー、マリオ・バロテッリだろう。
 詳しいことは本書をお読みいただくとして、この人、とにかくエピソードに事欠かない。黒人として差別を受けたこと。監督との様々な軋轢。反則と退場。とてつもない身体能力。目の覚めるようなすばらしいゴール。「自宅花火ボヤ事件」をはじめとするいくつもの騒ぎ。そんなエピソードから透けて見えるのは、バロテッリという男の強烈な個性と、どうしようもないほどの人間臭さだ。もちろん、そんな部分を魅力的だと思うか、それとも単に「臭い」と思うかで、彼に対する評価は二分するだろう。しかし、やんちゃ好きのファンにしてみれば、評価の分かれるところがまた魅力でもある。
 バロテッリには、こんな逸話がある。交通事故を起こしたときのこと。現場を調べた警官が、とんでもない額の現金を発見。どうしてこんな大金を持っているのかと質問されたバロテッリ、涼しい顔でこう答えたという――「俺、金持ちだから」。
 思い出すのはNBAのスターだったチャールズ・バークリーだ。アメリカ南部の貧しい家庭に育った彼はスターになったのち、共和党支持であることを表明。母親から「どうして金持ちの味方ばかりする党を応援するの?」と詰問され、やはりこう答えた――「だってママ、俺、金持ちだよ」。
 あたりまえのことをあたりまえのように発言すると、ときにカドが立つ。しかし、やんちゃなスターたちはそんなことなど気にしない。あたりまえのことをあたりまえに言って、何が悪い。大事なことを覆い隠して当たり障りのない発言をするより、俺は自分に正直でいたい。
 やんちゃなスターが多くのファンを魅了するのは、そんな覚悟があるからだ。
 ただしバロテッリに関して言えば、あと少し、覚悟に見合うだけのユーモアと知性を身につけてほしい、とも思う。たとえば「どうしていつも俺なんだ?!」と書いたTシャツを誇示したとき、多少見せかたを工夫していたら、そして鮮やかなゴールを決めたとき、もう少しにこやかにしていたら、彼に対する風当たりはいささかなりとも弱まっていたはずだ。
 と、ここまで書いて現段階での最新情報を(とは言ってもこれを皆さんがお読みになっている段階では、もうかなり古い情報だろうが)。ブラジルW杯、イタリアの第1戦、イングランドを2対1で破ったときのこと。ゴールを決めて勝利に貢献したバロテッリは、試合後ピッチを歩きながらカメラの前で2本指と1本指を立ててウィンク。にこりと笑って人差し指を唇に当て「シーッ」とやって見せた。そこには、何とも言えない愛敬と品があった。数年前のイングランド時代には、ほとんど見せたことのなかった仕草と表情だった。
 こんな仕草や表情ができるんだったら、バロテッリは、やんちゃを貫いたまま、さらに多くの人に愛されるスーパー・スターになれるはずだ。そう思った。

 (もりた・よしのぶ 翻訳家)

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