書評・エッセイ

2014年7月号掲載

安全保障の「現場」にこだわる

――読売新聞政治部『「日中韓」外交戦争 日本が直面する「いまそこにある危機」』

永原伸

対象書籍名:『「日中韓」外交戦争 日本が直面する「いまそこにある危機」』
対象著者:読売新聞政治部
対象書籍ISBN:978-4-10-136772-9

 大学生の娘に「来年は就活だろ。社会常識を身につけるなら新聞だぞ。読売新聞を読みなさい」と説教したところ、しばらくして「違う意見の記事も読みたい」と言われたので、朝日新聞を勧めた。
 読売と朝日の主張は、戦後独立を果たす段階で朝日がソ連を含む「全面講和」を支持し、読売が西側陣営との「単独講和」を支持したように、ことあるごとに対立してきた(詳しく知りたい方は、読売新聞論説委員会編『読売VS朝日――社説対決50年』〔中公新書ラクレ〕をお読みいただきたい)。ところが最近は、一般記事の内容まで違いが目立ってきている。一例をあげよう。
「集団自衛権71%容認 『限定』支持は63%」
「集団的自衛権 行使容認反対63%」
 前者は読売の、後者は朝日の世論調査結果を紹介する一面記事の見出しだ。同じ世論調査なのに、どうして正反対の結果が出るかと言えば、“仕掛け”は設問にある。読売が「全面的に使える」「必要最小限の範囲で使える」「使える必要はない」の3択に対し、朝日は「できるようにする」「できない立場を維持」の2択だ。朝日は回答者に集団的自衛権を「同盟国と一緒に戦う権利」「戦争に加わる」行為だと説明して賛否を問うてもいた。
 5月まで読売新聞で政治部長の職にあった筆者としては「朝日は意図的だなあ」というのが率直な感想だが、「読売は3択形式で限定容認論に世論誘導しようとしている」と言う人もいるだろうから、ここで黒白をつける気はない。筆者がここで言いたいのは、集団的自衛権に優るとも劣らず読売と朝日でとらえ方に差が出るテーマが、中国、韓国との対外関係だということである。
「売れるから『嫌中憎韓』 書店に専用棚」――。
 そんな見出しの記事が朝日に載ったのは、今年2月のことだ。記事の中身は、韓国や中国を非難する本がベストセラーになり、週刊誌でも両国をこき下ろす大見出しが並ぶ傾向が目立っているというもので、記事全体のトーンは不健全な風潮と言わんばかりだった。この記事が出たころ、読売新聞政治部の看板企画「政治の現場」を基にした本書の執筆作業が佳境を迎えていたので、「朝日からみたら、我々の本も『嫌中憎韓』ブームの便乗本と映るのかも知れないな」と思ったものだ。
 本書は、この国が直面する外交・安全保障上の「いまそこにある危機」について、関係者への徹底取材により「現場で何が起きているか」をリポートした政治ノンフィクションである。軍事力増強と海洋進出にひた走る中国との軋轢も、戦後最悪と言われる日韓関係の実態も、まさに「いまそこにある危機」にほかならない。
 執筆にあたって、次のような思いがまったくなかったと言えば嘘になる。
〈日中・日韓関係が険悪なのは、一方的に日本のせいなのか。相手にも非があると指摘することさえも、「嫌中憎韓」のレッテルを貼られることなのか〉
〈朝日のように歴史問題を蒸し返す姿勢こそ、中韓の「反日」宣伝を助長させていないか。そう思うことも、我々が「歴史への反省が足らない」からなのか〉
 けれども、感情にまかせて書きなぐるようなことはしなかった。あくまで具体的な事実――「現場」にこだわって記述することに努めたつもりである。事実を提示し、読者に判断材料を与えることが重要と考えたからだ。本書が朝日の言う「嫌中憎韓」本のたぐいかどうか、ぜひ書店で手にとって自分の目で確かめてほしい。
 なお、本書で取り上げた尖閣棚上げ論や沖縄独立論、あるいは習近平政権のスローガン「中国の夢」や米国の対中軍事戦略などを掘り下げて論じるため、本書の取材・執筆の中心メンバー(小川聡・大木聖馬)が『領土喪失の悪夢 尖閣・沖縄を売り渡すのは誰か』(新潮新書)を来月出版する予定だ。併せてお読みいただければ、日本を取り巻く安全保障環境の厳しい現実への理解がさらに深まるだろう。
 売れるから「嫌中憎韓」では悲しい。我々の警鐘に多くの人が共鳴するから「売れる」のであってほしい。そう願っている。

 (ながはら・しん 読売新聞グループ本社執行役員社長室長)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ