書評

2014年7月号掲載

ユニークな現代アメリカ論

矢口祐人『奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム』

渡辺靖

対象書籍名:『奇妙なアメリカ 神と正義のミュージアム』
対象著者:矢口祐人
対象書籍ISBN:978-4-10-603751-1

 以前、講義のゲストにお招きしたアメリカの政府高官が学生たちにアメリカのイメージを訊ねたところ、銃犯罪、好戦的、原爆投下、格差社会、キリスト教原理主義といった答えが続き困惑されたことがあった。しかし、日本で根強いイメージであることは確かだ。
 では、アメリカ人はこうした点について、どう考えているのだろうか。日本人のハワイ観などの研究で知られる著者は、全米八つのミュージアムを訪れ、その歴史や展示に注目しながら、米国人の自画像を探った。
 なぜアメリカほどの科学技術大国で進化論を否定する人が四〇%もいるのか。その手掛かりを得るため、著者は聖書の天地創造をモチーフにしたサンディエゴのミュージアムを訪れる。なぜ核大国が世界の平和や民主主義を謳い上げることができるのか。著者はラスベガスのミュージアムへと向かう。真珠湾攻撃から日系アメリカ人の強制収容、九・一一同時多発テロ、ハリケーン「カトリーナ」の来襲に至るまで、何が記憶され、どう意味づけされているのか。米国の「正義」はどう表象されているのか。ホノルル、ロサンゼルス、ニューヨーク、ニューオリンズで著者は思索する。ワシントンDCでは大人気の「犯罪と罰のミュージアム」を訪れ、一体、不気味な展示の何が多くのアメリカ人を魅了しているのかを探る。ウォルマート創設者の娘がカネの力に物を言わせて有名アートを買い漁ったことは正しいのか。著者ははるばる南部の田舎町ベントンビル(アーカンソー州)へと足を伸ばす。「(本書は)ミュージアムと……筆者のあいだで何年にもわたって行われた『対話』の産物」であると著者は述べているが、まさにミュージアムをフィールドにしたユニークな現代アメリカ論となっている。
 私自身、八つのミュージアムはすべて訪れたことがあるが、「保守」や「リベラル」のどちらにも偏ることなく、そして、単純な「親米」でも「反米」でもなく、アメリカの多面的な現実をバランスよく、フェアに描き出そうとする姿勢に好感を抱いた。優れた研究者のみがなし得る技だ。個人的には、高校の同窓であり、同じくアメリカ研究を専門とする著者が、やはり同じくベントンビルをも訪れていたと知り、思わず微笑んでしまった。
 全米には一万六〇〇〇~二万ものミュージアムがあるという。まさにミュージアム大国だ。学芸員の地位も日本とは比較にならないほど高い。扱うテーマも奴隷制やホロコーストといった重いものから、大リーグからハリウッド、ジャズといった明るく華やかなものまで百花繚乱。その一つ一つにアメリカの自画像が投影されている。そうした社会の自画像を読み解くのもミュージアムの楽しみ方の一つだ。巻末付録には著者オススメのミュージアムも紹介されている。是非、本書をアメリカ旅行の友としたい。

 (わたなべ・やすし 慶應義塾大学教授)

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