書評
2014年8月号掲載
悪気のない「過干渉育児」につける薬
――マデリーン・レヴィン『親の「その一言」がわが子の将来を決める』
対象書籍名:『親の「その一言」がわが子の将来を決める 学歴どまりの残念な子か、学びが自立につながる子か』幼・小学生篇/中・高校生篇
対象著者:マデリーン・レヴィン著/片山奈緒美訳
対象書籍ISBN:978-4-10-506791-5/978-4-10-506792-2
今アメリカでは、比較的高学歴で経済的に恵まれている親がいる家庭で育てられた子どもたちにおける深刻な問題が増加している。学校での成績は優秀でも、メンタル面での不安定さを抱えたり、薬物の濫用や犯罪に走る子どもたちの数は確実に増加してきている。
日本においてはどうだろう。確かにアメリカのような深刻なドラッグ中毒や性的逸脱の事例こそ少ないものの、成人期の引きこもりや摂食障害、強迫性障害など、高い不安を呈する症状で病院の門を叩くケースは年々増加の一途をたどる。そして、これらのケースの多くも、やはり高学歴で経済力もある親に何不自由なく育てられた子どもたちなのである。
本書の冒頭で紹介される事例は、現代アメリカにおいて非常に典型的な「悪気は全くない、でも子どもに悪影響を及ぼす」親の姿である。自分のたゆまぬ努力と向上心によって高学歴高収入を得るようになり、安定した家庭を築くことができた父親は、子どもにも自分のように成功者になってほしいと強く願うあまりに、息子の進路の選択に自分の価値観を押し付けてしまいがちである。それゆえ、息子が全米トップクラスの大学に進学できる高い学力があるのにもかかわらず、「いい感じ」の学生たちが多いからと格下の大学を選ぶことをとても不満に思い、それを息子にあからさまに表明する。そんな父親を見て息子は、自分の本当の思いや意志との狭間でどんどん委縮し、情緒不安定になっていくのである。
皮肉なことに息子は、父親が築き上げた経済的にも愛情にも十分恵まれた環境で育ったからこそ、高校で薬物や非行でドロップアウトする友人たちを冷静に観察し、学歴だけでは人は社会での成功を勝ち得ることはできないのだ、と学び取っていたのである。だからこそ、数ある大学の中で自分の知的好奇心のみならず、人間関係をも豊かに成長させてくれると確信できた大学を選んだのである。
日本においても、まさに同じ状況が展開されている。子どもを思うあまりの「悪気のない」親の過干渉によって、恵まれた環境下で健全に育つべき子どもの自立心や正義感が歪曲されるという事態が起きているのだ。そしてその過干渉が子どもの生まれた瞬間から始まるため、物心つくころには完全な共依存の親子関係を形成しがちである。今や成人し結婚してもなお、子どもに干渉し続ける親の姿もまれではない。
本書の著者マデリーン・レヴィンは、「病んだ秀才」たちを多く診てきた心理学者、カウンセラーであり、自身も「多くの住民が全米トップクラスの大学に進学する子を育て上げる」地域に居住しながら3人の子どもを育てた人物である。その豊かな経験と研究から、10年先、20年先にオーセンティック・サクセス(ほんものの成功)を手に入れられる子どもを育てるには各年代別に必要な手立てがある、と説く。
子どもに自制心を身につけさせ、自尊心を高め、熱中させ、創造力を高める――本書において、親が子どもに教えなければいけないこととして挙げられた一つ一つの単語は、これまでにも繰り返し説かれてきた常套的なものではあるが、幼児期から青年期までを通した具体的な方法論(親としてするべきこと、してはいけないこと)が年代別に記載され、豊富な事例を紹介している点で本書は秀逸である。
子離れができず過干渉から共依存関係を形成する親に共通するのは、高い育児不安である。本来、「自尊心は与えられるものではなく、自分の力で手に入れるもの」であり、「自尊心が高ければ」、子どもは「挫折からすぐに立ち直り、その経験から学習する」(本書より引用)。つまり、子ども自身の力を強く信じ、待ち続けるための根拠を持たない親は、より不安を高めやすく、過干渉になりやすいと言えるのだ。
ネット上に浮遊する不確実な情報や、不安を煽る幼児教育産業の広告だけでは、この、「子どもを強く信じ続けるための根拠」は持つことができない。かつてのように「いつでも頼れる近所の経験者」という実体のある情報源が圧倒的に不足していて、さらに比較的高学歴高収入の親が多い現代日本の子育ては、まさに過干渉育児の温床である。本書は、そんな不安が高い親たちの「ホームドクター」として家庭に常備しておくことで、迷ったときにいつでも開き、答えを見出し、自信を取り戻すために頼れる一冊になり得るであろう。
(なりた・なおこ 小児心理医・子育て科学アクシス主宰)