書評・エッセイ

2014年8月号掲載

いかにして政治的思考を鍛えるか

原武史『知の訓練 日本にとって政治とは何か』

原武史

対象書籍名:『知の訓練 日本にとって政治とは何か』
対象著者:原武史
対象書籍ISBN:978-4-10-610578-4

 書店に行けば、大学教授が書いた政治学入門と銘打った書物があふれている。しかしひとたびページをめくるや、一般の大学生にはなじみのない(多くはカタカナの)政治学者や思想家の名前が次々と出てきたりして、読み進める気力を失ってしまう。他方では、現役の政治家やジャーナリストが書いた政治の本も少なくはないが、これだと逆に政治との距離があまりにも近すぎて、政治というよりはむしろ政局を論じているだけということが往々にしてある。
 どちらでもないもの、つまり、なるべく「誰々はこう言った」式の学界の権威に頼らず、誰もが知っている身の回りの日常的な話題から説き起こし、「日本にとって政治とは何か」という深遠なテーマにまで到達するような講義、あるいは狭義の政治にとどまるのではなく、その奥にある政治的思考そのものを鍛えるような講義はできないだろうか――こうした動機から、二〇一二年度の講義では毎回、「○○と政治」という課題を掲げて、日本の政治に対する私なりのパースペクティブを提示してみる試みを行った。そのうちの九回分の講義録を整理した上、大幅に加筆修正したのが本書である。
 私の専門が日本政治思想史ということもあり、本書では西洋由来の政治学を適用するだけでは決して見えてこない「まつりごと」が、とりわけ近代以降の日本の政治の底流に絶えず存在していることに注目した。「政」や「政事」という漢字で表記される政治と、「祭事」という漢字で表記される祭祀と――「まつりごと」には、この二つの意味がある。従来の政治学で十分注目されてこなかったのは、後者の「まつりごと」が日本の政治に占める比重の大きさである。
 この「まつりごと」は、主に天皇や皇后など皇族によって行われる。具体的にいえば、宮中祭祀や行幸啓がそれに当たる。いずれも、日本国憲法には規定されていないが、天皇や皇后は宮中で日常的に国民の平安などを祈る一方、第二次世界大戦の激戦地や、地震や台風などの被災地に赴き、生者に声をかけるとともに死者に対して黙祷する。こうした「まつりごと」は、平成になって明らかに比重を増しつつある。もはやそれは、憲法に規定されている象徴という枠組みを超えているといっても過言ではあるまい。
 政治学は古代ギリシアで成立してからというもの、その中核には常にロゴス=言語があった。しかし「まつりごと」は、必ずしも言語を媒介としない。つまり、日本の政治について考察するためには、従来の政治学と同じように言説を追ってゆくだけでは限界があるのだ。だからこそ、「まつりごと」が行われる場や空間という建築学的な視点が重要になる。
 このような視点に立ちながら、本書ではこれまでの私自身の研究成果を随所に取り入れた。時々話が脱線する講義ならではのライブ感も含めて、楽しんでいただければ幸いである。

 (はら・たけし 明治学院大学教授)

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