書評

2014年9月号掲載

ジュノ・ディアスの伝説的デビュー作
『ハイウェイとゴミ溜め』、待望の復刊!

ディアス文学の出発点

都甲幸治

ピュリツァー賞、全米批評家協会賞を受賞し、いまや現代アメリカ文学のキーパーソンとも言えるジュノ・ディアス。デビュー短篇集『ハイウェイとゴミ溜め』(新潮クレスト・ブックス)を、多くの読者からのご要望にお応えして、このたび復刊します。久保尚美さんと共に『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』、『こうしてお前は彼女にフラれる』の翻訳を手がけた都甲幸治さんに、この作品の魅力を綴っていただきました。

対象書籍名:『ハイウェイとゴミ溜め』
対象著者:ジュノ・ディアス著/江口研一訳
対象書籍ISBN:978-4-10-590004-5

 ジュノ・ディアスはたった三冊でアメリカ文学を変えてしまった。彼がいなければ、ドミニカ共和国とアメリカ合衆国の間、そしてスペイン語と英語の狭間で生きる人々に、我々がこれほど共感することもなかっただろう。
 スペイン語交じりの英語で書かれた小説『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』は、日本のアニメやSFなどのオタク的な知識に溢れており、金色の目のマングースが現れて主人公の命を救う、といった魔術的な要素も登場する。この分厚い作品が切り込むのは、残虐な独裁者に支配され続けたドミニカの暗い歴史そのものだ。一方、短編集『こうしてお前は彼女にフラれる』では、浮気者の主人公ユニオールが安定した愛の関係を得られず、心身ともに疲れ果てていく物語を中心に、白血病で死んだ兄ラファとユニオールの精神的な繋がりや、移民としてアメリカにやってきた男女の苦悩が、時に繊細で感傷的なリアリズムで綴られている。
 ディアスの第一作である短編集『ハイウェイとゴミ溜め』は『こうしてお前は彼女にフラれる』に近い文体で、主にその前の時代を扱っている。『ハイウェイ』の舞台の半分はドミニカだ。幼いころ豚に顔を食われた少年を見ようと、ユニオールが兄のラファとバスを乗り継ぎ、遠くまで旅をする「イスラエル」や、父親の浮気がどうしても嫌で、彼の車に乗ると必ず吐いてしまうユニオールを描いた「フィエスタ、1980」など、収録されている作品にはどれも瑞々しい魅力がある。
 それだけではない。アメリカで貧しい暮らしの中、二級市民として扱われることの辛さや、夫に裏切られた母の苦しみなど、その後の作品で扱われる主題も出てくる。父は単身渡ったアメリカで英語もわからず、一体どうやって生き延びたのか、あれだけの乱暴者として成長する兄が果たしてどういう子供だったのかなど、本書を読んで初めてわかることも多い。まさにディアス作品を読む喜びを拡大してくれる一冊と言える。

 (とこう・こうじ アメリカ文学者)

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