書評

2014年9月号掲載

嘘でもいいから

――白石一文『愛なんて嘘』

越智月子

対象書籍名:『愛なんて嘘』
対象著者:白石一文
対象書籍ISBN:978-4-10-134074-6

 愛なんて嘘。そこそこ長く生きていれば、誰しも一度くらい似たようなことを感じるものだ。この人! と思っていた相手の突然の裏切り、まさかの心変わり、ありえない暴言。ついさっきまで信じていたものが音を立てて崩れていく。「愛こそすべて」なんて誰が唄ったんだ? 何もかも信じられなくなって、しばし自分の殻に閉じこもる。それでも、時とともに傷は癒える。日にち薬ってやつで、いつの間にか立ち直り、また似たような奴を好きになって同じように傷ついたり、ちょっとした弾みで結婚してしまったり。大概はそうやって生きていく。
 けれど、愛に対して極端に臆病な人がいる。人でなしの親から受けた仕打ちの果てなのか、救いがたい屑みたいな相手に打ちのめされたからなのか、そこに至る原因はさまざまで、分厚く張り巡らせた殻の中に閉じこもったまま、誰にも心を開こうとしない。真性の殻つき。本書には、たびたびこのタイプの人間が登場する。
「シュンが言い当てたように私は誰のことも好きになったことがなかった。自分はひどく薄情な人間なのだと自覚していたし、それは多少わびしくもあったが、かといって、誰かと深い感情的な交流を持ち、そのあげくにこっぴどく裏切られるよりはずっとましだと考えていた。
 この世界は人々のそうした裏切りで満ち溢れているように私には見えたのだ。」(『二人のプール』より)
「この世界は何もかも全部、嘘で成り立っている。
 私たちは、自分や他人がついた嘘の中で生きていかなくてはならない。」(『河底の人』)
 真性殻つき人間は、一見すると穏やかであることが多い。裏切られ、傷つけられ、ハナから人に期待していないから、もはや感情もめったなことでは波立たない。
 六つの物語に登場する男女もいずれも絶望の時期を脱して平穏に暮らしているかのように見える。経済的な安定、充実した仕事、頼れる良き伴侶、健やかに成長していく我が子。わかりやすい「幸福」の中で生きている。それが最良の人生なのだと、自分を騙そうと思えばいくらでも騙せ続けたはずだ。なのに、運命はそれを許さない。抗えない力で惹きつけられる人を前にしたとき、これまで自分を支えていた暮らしの「嘘」が見えてくる。
 他の男と暮らしながら、かつての恋人を求め続ける女。死んだ親友の妻への想いを断ち切れずにいる男。一度は離婚し、それぞれ別の伴侶を見つけながらも、ふたりで添い遂げることを誓いあう男女。誰もがとんでもなく身勝手だ。そばにいたらたまったもんじゃない。けれど、作者は他人の迷惑を顧みず自分の運命を生きる身勝手さを鮮やかに肯定する。薄皮のような殻しか持たない身でも、読み進むうちに、その身勝手さにいつの間にか共感してしまう。これまで「良し」と信じていたことがすべて裏返されていく。
 彼らはずっと孤独だった。まやかしの「幸福」――恋愛も結婚も、出産すらも対症療法にすぎない。なにひとつ彼らを救ってはくれなかった。心はずっと冷え切ったまま。どうしようもない孤独の果てに辿りついた答え、それはお仕着せの価値観や世にしぶとくはびこる通念を覆し、自分自身のやり方で自分を貫くこと。さまざまな逡巡を経て、登場人物たちが下す決断は、清々しくすらある。
 愛なんて嘘。わかっていても、一緒にいたい、添い遂げたい……。絶望の淵に立っていてもなお、どうしようもなく湧き上がる狂おしい想い。たとえ、多くの人を不幸にしてでも、これまで築き上げてきたものを踏み潰してでも、貫かずにはいられない、モラルも常識も通用しない愛こそが本物なのだ。待っているのは破滅かもしれない。それでも一歩先に踏み出すことが私という運命を生きるということ。嘘でもいい、とことん堕ちていってもいい、この人といられるのなら。心の底からそう思える相手に出会える人生は幸せだ。
 身勝手だけど、この上なく純度の高い愛のかたち。かすかな、けれど確かな希望の光が見えてくる、新しい純愛小説が誕生した。

 (おち・つきこ 作家)

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