書評・エッセイ

2014年9月号掲載

「日本」が凝縮された車窓

――今尾恵介『東海道新幹線開業50周年記念 世界最速「車窓案内」』

今尾恵介

対象書籍名:『東海道新幹線開業50周年記念 世界最速「車窓案内」』
対象著者:今尾恵介
対象書籍ISBN:978-4-10-336331-6

 私が鉄道や地図について執筆するようになってから最も多く参照した本といえば、時刻表や地名の事典などを除けば『旅窓に学ぶ』という鉄道旅行ガイドブックである。東・中・西日本の3分冊で全国の国鉄線を紹介しており、昭和11年(1936)から13年にかけてダイヤモンド社から発行された。このうち東日本篇の東海道本線・浜名湖あたりは次のような具合である。
 
 列車が稍進めば右窓に渺茫として白帆点在の浜名湖現はれ左窓に長い国道橋が見えて第一浜名鉄橋を渡る。此の橋上を走るとき浜名湖の全景は右に、遠州灘の碧波は左に、両窓の展望は水天相接し、殆んど海上をゆく如く豪快な大展望である。そのうち松生ひ茂る一島に弁天島停車場を通過して行く。駅前の瀟洒な海水浴旅館、松林に囲まれた砂浜の別荘、さゞ波に揺れる岸の釣舟、なかには釣糸垂れた儘悠々として、煙草の味に此の名勝地を独占してゐる漁夫もある。
 
 これの新幹線版を書きたいものだと思っていた。解説に加えて私が中学生の頃から親しんできた2万5千分の1地形図を東京から新大阪までズラリと並べる。遠景はカバーしきれないが、在来線のほぼ3倍のスピードで近づき、あっという間に過ぎ去っていく景色をこれで網羅的にチェックできる。ただ、あの速さであるから左右一緒に解説していたのでは車窓風景に集中できない。そこで別々にした。新幹線の車窓についての本はこれまで何冊か出ているけれど、おそらく文章が左右別々のものは初めてではないだろうか。
 思えば私が幼稚園児の頃、「ひかり」「こだま」の見える場所に引っ越してきたのは、ちょうど新幹線が開業した昭和39年(1964)であった。自宅の庭から線路までは、改めてネットの地図で測ってみると125メートルの近さ。当時は「夢の超特急」と呼ばれていて、私と2歳下の弟はその超特急が通過するのを見るたびに「超特急! 超特急!」と連呼して喜んでいたものである。本数は今よりはるかに少なかったけれど、パンタグラフが多くてけっこう騒々しく、独特の風切り音と架線を彩る火花もあって、他の列車にない特別感を発散していた。そんな原風景が本書の執筆につながったのかもしれない。
 それはともかく、東海道新幹線について書いてみて、改めてその車窓風景が日本という国を凝縮したものであると感じている。欧米の人は新幹線に乗って「家が途切れないこと」に驚くと聞いたことがあるが、なるほどかなりの山の中でも必ずどこかに家があり、周辺には田畑がきれいに耕されている。それらの間を高度成長の牽引役となった沿線の工場があらゆる業界にわたって分布しており、それらの色も形も大きさも千差万別だ。
 過ぎゆく山河も多い。多摩川から大山を望む相模川、その後は箱根連山と富士山を望み、富士川・大井川・天竜川で長大な橋梁を渡った後は、水面がずいぶん近い浜名湖。濃尾平野に入れば木曽・長良・揖斐の三川を渡りながら金華山や幸運なら木曽の御嶽山まで望めるというし、関ヶ原トンネル内の全線最高地点を通り抜けた後は目の前に伊吹山、その後は近江富士こと三上山、大津と京都の両側から望める比叡山。最後は淀川と背景に霞む生駒山地まで、これだけ役者が揃っている路線が他にあるだろうか。
 窓側に座ったらコンセントにPCを繋ぎ、寸暇を惜しんで仕事するのも結構だけれど、ちょっと手を休めて、この「日本一の車窓」に目を向けてみよう。

 (いまお・けいすけ 地図エッセイスト)

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