書評

2014年9月号掲載

準備はできるだけ早めに

矢部武『60歳からの生き方再設計』

矢部武

対象書籍名:『60歳からの生き方再設計』
対象著者:矢部武
対象書籍ISBN:978-4-10-610584-5

 定年になったら、趣味や旅行などを楽しみながらのんびり過ごしたいと考えている人は多いかもしれない。しかし、いざ退職してみると、現実は想定とまったく違っていたりする。
 定年退職した男の寂しい心理を描いた『孤舟』(渡辺淳一著)の主人公は、毎日起きてもやることがない。予定のない空き時間が延々と続くことが苦痛となり、「これは予想もしていなかった異常事態だ」とまで言い切っている。
 また、最近放送されたNHK土曜ドラマ「55歳からのハローライフ」(村上龍・原作)では、58歳で早期退職した男性がキャンピングカーを買って旅に出る計画を立てたが、妻に拒否されてしまう。そこで仕方なく、再就職先を探すことにしたが、相談した元取引先の社長からは相手にされず、若い就職カウンセラーからも無能さを指摘され、心身のバランスを崩してしまった。
 実は、定年後というのはうつ病になりやすい条件がそろっている。現役時代はどんなに忙しくて大変でも、仕事をやり遂げた時の達成感や充実感、誰かに必要とされている実感などを得ながら生きていた。でも、退職したとたんにそれがなくなり、飲み会やゴルフなどの誘いもぴたりとこなくなる。仕事だけでなく、職場の人間関係も同時に失ってしまうからだ。
 毎日家にいて、妻に口出しばかりしていると、夫婦関係も悪化してくる。定年になれば一緒にいる時間が増えるので妻は喜ぶだろう、などと考えている男性はとんだ思い違いをしている。それまで妻は一日のほとんどを自分の好きなように過ごしていたが、夫が家にいるとそれがしにくくなり、ストレスになってしまう。最近、定年夫の昼食を作るたびに離婚を考える妻や、「主人在宅ストレス症候群」などを訴える妻が増えているという。だからこそ、「60歳からの生き方再設計」が大切になってくるのである。
 本書では、実際に定年後の喪失感や空虚感などを経験し、試行錯誤しながら新しい生きがい、社会とのつながり、ワクワク感などを見出した人たちの話も交えながら、楽しいリタイア生活を送るための秘訣について考える。
 シニアとして見事な人生を送っている人たちにはいくつかの共通項がある。定年後の明確なビジョンをもってできるだけ早めに準備する、現役時代のメンツにこだわらず肩書きのない自分を楽しむようにする、性とロマンスに対しても積極的であり続けるようにする、などである。
 60歳からの人生は何が起こるかわからないし、不安も尽きないだろう。しかし、それまでの考え方や生き方を少し変えてみれば、まったく新しい人生を楽しむことができるかもしれない。定年になれば仕事や肩書きを失うが、一方で時間やゆとりなど得るものもたくさんある。せっかく義務や責任から解放され、自由な時間がもてるのだから、「第二の人生」を思いっきり楽しんでみてはどうだろうか。

 (やべ・たけし ジャーナリスト)

最新の書評

ページの先頭へ