対談・鼎談

2014年10月号掲載

百田尚樹『フォルトゥナの瞳』刊行記念 書店員座談会

読み終えた後に、残るもの

新井見枝香 × 狩野大樹 × 今井麻夕美

『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞してから1年半。百田尚樹さんの新作小説『フォルトゥナの瞳』がいよいよ刊行されます。百田さんの作品を愛してやまない三人の書店員さんに、その魅力を存分に語り合っていただきました。

対象書籍名:『フォルトゥナの瞳』
対象著者:百田尚樹
対象書籍ISBN:978-4-10-336411-5

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「運命」が視える

新井 とにかく私はすごく泣きました。一気に読んで、読み終わる頃にはぼろぼろ涙が出ていて。もう一度読み直したら、初読のときには気が付かなかった、百田さんのいろいろな工夫が見えて、うれしい気持ちにもなりました。ラストはもう、袋とじにしたいくらいの衝撃があって、だけどそれを味わったあとに価値がなくなる小説かというと、全然そんなことはなくて。すごく悩みながら考えながら読んで、でもやっぱり大前提には、「エンターテインメント」として面白い!ということがあって、そこがとても百田さんらしいなと思いました。

狩野 「死が視える能力」を持つ主人公の慎一郎が、他人の人生に関わっていくことで、彼自身の運命も変わっていく。どういう話になるんだろうと想像しながら読んで、死にゆく運命にある周りの人たちを助けるために足掻く、そんな物語になるのかなと思ったら全然違う方向へと進んでいって。いい意味で、裏切られた!と唸らされました。飽きさせないし、途中で読むのをやめさせない。無駄な部分がなく中身が詰まっているからか、実際の分量よりももっと長い物語を読んだような気がしました。

今井 「人は誰のために生きているんだろう」とか「人は人を救えるのか」、そういう大きなテーマが読み進めるうちに浮かび上がってきますよね。読み終わった後も、心の中に重たいものが残り続けています。どんどん、この本の存在が大きくなってきている感じです。

新井 「恋愛」の要素も印象的でした。百田さんが恋愛をテーマに描いた『プリズム』が私はすごく好きなんです。今回も、それまで孤独に生きてきた慎一郎が恋愛に盛り上がって突っ走る感じが、胸にズキュンときました。

狩野 これまでの百田さんの作品は物語の面白さに乗っかって引きずられるように読むことが多かったんですが、今作は「死」や「運命」という自分にかかわりのあることがテーマになっているからか、自分だったらどうするだろう、と立ち止まって考えさせられる場面がたくさんありました。

今井 確かにそうかもしれません。今までは本を開いている間は物語世界にどっぷりとつかって、本を読んでいない間は日常に戻って、読み始めるとまたひきこまれて、という風に楽しむことが多かったのですが、『フォルトゥナの瞳』は読んでいない時間も、この物語の中に留まっているような感覚がありました。

新井 どの作品でもいえることだと思うんですけど、読んでいる間は、「百田尚樹」という作家の姿が見えない。そこが一番すごいところだと思うんです。登場人物たちの姿だけしか目の前に浮かんでこない。

狩野 百田さんの小説って、たしかに、これは百田さんが書きました、といわれないとわかりませんよね。

今井 小説のタイプも、題材も毎回全然違いますしね。百田さんはいつも物語の黒子に徹しているような気がします。小説に没入してもらうために、自分の姿を消してしまう。私たちもこの小説を語りあっているときに、「慎一郎が」とひとりひとりの登場人物を独立した人格として当たり前のように話しているけど、みんな百田さんが作った人なんですよね。

新井 もうひとつ、全部の作品から感じるのは、自分に正直でいたいと思っている人なんだな、そして「愛」のある人なんだな、ということです。『海賊とよばれた男』や『夢を売る男』を読んだ時もそう思いました。

今井 「英雄的なもの」を描こうとしているような気もしますよね。

新井 人間の持っている美しい部分を拾い上げるのが、ほんとうにうまい。

狩野 だからぐっとくるんでしょうね。『「黄金のバンタム」を破った男』を読んだときも、まったく知らない男の話で、まさか泣くことになるとは、全然思っていませんでした。

今井 きっとどこにでもいるような真面目な男の子なんだけど、物語を読み終える頃には、慎一郎のことも英雄のように思えますよね。

狩野 子供を助けるあのシーン、読んでいる僕たちは慎一郎の葛藤や、命を助けるために公園で一生懸命走ったことがわかるから共感できるけど、あの場にいる他の登場人物たちは彼に能力があることを知らない。

今井 だから、不審人物のように思われてしまう。本当はヒーローなのに。

「運命」は視えない

新井 「死が視える能力」について、作中で慎一郎が得る情報と、小説を読んでいる私に与えられる情報が平等なんですよね。同じ前提を共有しながら、慎一郎が自分の持つ力のせいで悩んで、熟考した末に選ぶいろいろな行為が、私だったらそうするだろうという選択と重なることが多かったです。でもやっぱり、こういう能力を持ったら、私は耐えられないと思います。生きていけない。知っている人が急に透明に見えたりしたら、どう接すればいいかわからない。みんな、少なくとも今すぐ自分は死ぬことはないし、自分の知っている人も死なないという理由のない確信を持って生きているけど、本当はいつ誰が死んでもおかしくないんですよね。

狩野 身近な人が病気になってしまったり、自分が危機的な状況に陥ったりしたときに、「死」や「生きる」ということに関する自分自身の認識を整理することがありますよね。自分が慎一郎のような能力を持ってしまったらどうするだろうかと想像することもそれと似ていて、「面白い!」と思って読み終えたあと、自分の死生観を改めて突き詰めて考えさせられました。

今井 もうすぐ死ぬと「視えた」人、全員を救うことはできないし、ある登場人物が小説の中で言ったように、救った人の中にもしかしたらとんでもない悪人がいるかもしれない。自分が誰かを助けたことが、違う誰かの運命を変える、たとえば死に至らしめることだってある。

狩野 よかれと思ってやったことが、わるい結果を招く。それが慎一郎には判ってしまう。これは辛いことです。よく考えたら、僕たちも同じなんですよね。誰かを助ける行為が、違う誰かを傷つけてしまうことに、もしかしたらつながっているのかもしれない。ただ、そのことが視えないから、判らない。

今井 自分の選択が誰かの運命を変えている可能性はありますよね。作中にも出てきますが、「バタフライ効果」のように、些細な行動がまったく思ってもみなかったかたちで数年後の誰かの人生にとてつもない影響を及ぼしているかもしれない。もちろん自分の人生でも、あのときのちょっとした選択が、実は大きな意味があったということもあるでしょうね。

狩野 今日のようなこういう集まりがあって、行くつもりだったけど、参加できなかった。残念だなとは思うけど、もしかしたら自分がその場にいなかったことで起こった素敵な出来事もあるかもしれない。考え出すと難しいんですけど、普段思いもしないようなそんなことを考えさせるように、促すように、この小説は書かれているんだなと気づくと、やはりすごいなと思います。

新井 自分を変えたというか、もしもあのときああしていなかったら、と思い出すような運命的な経験ありますか?

今井 運命だったのかどうかはわかりませんが、雪が降った翌日にトンネルの中で車がスリップしたことがあったんです。対向車が来ていて、もうぶつかる!というとき、何も考えずとっさにブレーキを踏みました。そしたら車がまっすぐになって。母親に、行き道だったら、死んでたね、と言われました。非科学的な話なんですけど、お墓参りの帰り道だったんです。

「運命」を変える

新井 私は自分が死ぬときには、『フォルトゥナの瞳』のことを思い出すような気がします。

狩野 「今日もがんばって生きるぞ!」と毎日思っているわけではもちろんないし、自分や身近な人が今日死ぬかもしれない、といつも不安に思っているわけでもありません。でもきっと、これからの人生で「死」や「運命」について思いを馳せる日が来る。そんなときには、またこの小説を読みたくなると思います。今よりも年をとり、いろんな経験を積んでから読み返すと、また違った発見があるかもしれない。

今井 自分に与えられた人生を全うしようと努力するのが、私はいい生き方だと思っているんですよ。いっぽうで、他人の役に立たない人生は虚しいとも思うんです。誰かのためになるようなことがあったら積極的にしたいとも思っている。自分のためにと、他人のために。その線引きがすごく難しくて、この小説を読んでそういうことをたくさん考えさせられました。もしかしたら答えは、ずっと見つからないのかもしれませんけど。

新井 一冊の本を誰かに勧める。そのことがその人の人生を変えてしまう。その本を読むことで、どのくらい変わるのか、いい方向なのかそうでないのかはわかりませんが、そんなことがあるのかもしれないなって、きょう話をしていて思いました。

今井 本にはそういう力があると思います。ふだん、何気なく本を読んでいるけど、知らず知らずのうちに、自分の考え方や人生が変化している気がします。

狩野 きっと運命が視えないからこそ、好きな本を全力で勧められるんですね。

新井 その意味では、私たち本屋は、たくさんの人の運命を少しずつ、変えているのかもしれませんね。

 (あらい・みえか 三省堂書店有楽町店)
 (かのう・ひろき 小田急ブックメイツ新百合ヶ丘店)
 (いまい・まゆみ 紀伊國屋書店新宿本店)

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