書評

2014年10月号掲載

半村良を超えた、時代SFの金字塔

――乾緑郎『機巧のイヴ』

大森望

対象書籍名:『機巧のイヴ』
対象著者:乾緑郎
対象書籍ISBN:978-4-10-120791-9

 SFと時代小説。二つのジャンルを融合させた時代SFは、半村良『妖星伝』の昔からいくつも書かれてきたが、この分野のインスタント・クラシックとも言うべき新たな名作が誕生した。乾緑郎『機巧のイヴ』は、科学技術が発達したもうひとつの江戸時代を背景にロボットSFと時代劇を(さらには本格ミステリをも)鮮やかに合体させる。
 著者の乾緑郎(一九七一年、東京都生まれ)は、舞台俳優、劇作家として活動するかたわら小説を書きはじめ、二〇一〇年に二つの小説新人賞を相次いで受賞した。第9回「このミステリーがすごい!」大賞の『完全なる首長竜の日』は、昏睡状態の患者と一種の仮想空間でコミュニケートできるシステムを軸に夢と現実が交錯する、P・K・ディック的な近未来SFサスペンス。第2回朝日時代小説大賞の『忍び外伝』は、伊賀の上忍・百地丹波によって鍛えられた若き忍者が活躍する伝奇時代小説。最初から二つのジャンルを股にかけて華々しいデビューを飾った作家だから、時代SFを書くのも必然だったと言うべきか。
『機巧のイヴ』は、二〇一二年から一四年にかけて「小説新潮」に発表された五つの連作短編から成る。巻頭に収められた表題作は、日本推理作家協会編『2013推理小説代表作選集』、本格ミステリ作家クラブ編『ベスト本格ミステリ2013』、大森望・日下三蔵編『年刊SF傑作選 極光星群』と、三種類の年間ベスト・アンソロジーに再録。本格ミステリとしてもSFとしても、一年を代表する傑作と太鼓判を捺された時代小説だ。
 表題作の主人公、江川仁左衛門は、牛山藩の代表として、闘蟋(蟋蟀同士を戦わせる競技)の大会に出場。対戦した相手の蟋蟀が異常に強いことに不審を抱き、その場で一刀両断にして、それが機巧(機械仕掛け)であることを証明してみせた。これほどまでに完璧な、本物そっくりの機巧人形をつくれるのは、幕府精煉方手伝の役職につく天才機巧師、釘宮久蔵をおいてない。その屋敷を訪ねた仁左衛門は、藩主から褒美として下賜された高価な養盆(素焼きの蟋蟀飼育壺)とひきかえに、仕事を依頼する。自分が身請けしようとしている遊女・羽鳥そっくりの機巧人形をつくってほしい……。
 連作の要になるのは、天才的ロボット工学者の釘宮久蔵と、その屋敷に住む色白の美女(の姿をした精巧なアンドロイド)、伊武(イヴ)。題名の“機巧のイヴ”は、直接には彼女のことを指す(“アンドロイド”という言葉を小説で初めて使ったヴィリエ・ド・リラダンの古典『未来のイヴ』が、たぶんその名の由来)。
 第二話「箱の中のヘラクレス」は、腕を失った力士・天徳鯨右衛門が主人公。八百長を拒んだために襲われて腕を失った彼の依頼を受け、久蔵が新しい機械仕掛けの腕をつくり、サイボーグとして復活させる。第三話「神代のテセウス」では、公儀隠密の田坂甚内が、釘宮久蔵への不審な金の流れを調べるうち、天帝家の根幹に関わる巨大な秘密に遭遇する。
 ……という具合に、一話完結のロボットSF連作を通じて、いかにも時代劇らしい権謀術数の物語が進行してゆく。
 小説の背景は、パラレルワールドの江戸時代(に相当する時期)。強固な幕藩体制を敷く政府と、女系によって継承されてきた天帝家とが二重の権力構造をかたちづくっている。その勢力争いの背後で、釘宮久蔵はどんな役割を果たしてきたのか。天帝家に伝わるロスト・テクノロジー「神代の神器」の秘密とは?
 第四話「制外のジェペット」は、御所で天帝に使える娘、春日が主役。このあたりから、伝奇小説のスペクタクルと、ディック的なロボットSFのサスペンスが一体化し、いままで読んだことのない世界へと読者を導く。
 最終話「終天のプシュケー」では、“ロボットにとって魂とは何か”というピノキオ以来の問題が浮上し、(それこそ長谷敏司『BEATLESS』のような)現代的なロボットSFと鮮やかにシンクロする。ところどころに顔を出す官能的な描写やさりげないユーモアも楽しい。半村良を超えた――と言ってしまいたくなる、時代SFの金字塔。

 (おおもり・のぞみ 文芸評論家)

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