書評・エッセイ

2014年10月号掲載

中国の不条理を「内部」から描く

阿古智子『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告【増補新版】』

津上俊哉

対象書籍名:『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告【増補新版】』
対象著者:阿古智子
対象書籍ISBN:978-4-10-603757-3

 二〇〇九年、貧しい農民や都市に暮らす出稼ぎ農民工など、中国の弱者が直面する問題をビビッドに描いた意欲作が刊行されて反響を呼んだ。本書の初版「貧者を喰らう国」である。
 著者は農村や都市の小中学校でクラス副担任と一部授業を担当し、農村では農業灌漑や学校建設事業に関わり、都市に暮らす出稼ぎ農民工を支援する現地NGOにも加わりながら研究を進めた。そうしたのは、「長期にわたって現地の人々と仲間としての関係性を築いて」「内部者としての役割や視野」を得るためだと言うが、初版を一読して、著者の情熱と意欲に驚いたことを覚えている。
 中国の不条理に対して、「内部者」と共に苦悩し努力する著者の姿勢は、一緒に働いた中国の社会運動家たちに認められて、人脈が拡がっていく。従来、彼らと日本の繋がりは極めて限られていたが、その後著者の働きかけで日本との繋がりを得た人も少なくない。
 今回の増補新版で加筆された「第六章 ネット民主主義の行方」「第七章 公共圏は作れるのか」では、彼ら社会運動家に加えて、ネット言論空間で活躍する人、「憲政」を重んじる新公民運動家など新しい友人たちの活動や思いも取り上げられている。
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 本書で取り上げられている問題の多くは、農民問題である。土地制度、教育、社会保障面の差別、横暴な末端行政と救済手段の欠如――中国の農民と農村を取り巻く現行制度(の後れ)が救われない弱者を産み出す構造は、初版から五年経ったいまも基本的に変わっていない。
 中国は「経済建設」を優先して飛躍的な経済成長を遂げたが、政治体制改革を封印した咎めは大きかった。いま中国社会に不条理と緊張が充満している大きな原因はここにある。一言で言えば、未だに「共産党の指導」という単線的な仕組みしかない中国の統治のあり方が、経済・社会の発展にも国民意識の変化にも、まったく追いつけなかったのである。
 習近平政権は「このままでは、共産党はもう持たない」という危機感をバネに、昨年一一月の「三中全会決定」で、大胆な改革を宣言した。そこには社会の緊張を高める農民・農村の格差問題を是正するための制度改革だけでなく、無力な司法を強化する統治改革も想定されている。
 今後多くの政策がとられるだろうが、変化には長い時間がかかるし、成否も「計り難し」であろう。著者が本書で指摘するように、中国が抱える問題の根底には、「信頼や公平なルールの欠如」があり、良い国になるには「公民社会や公共圏の構築」が欠かせない。そういう社会の営みのあり方は、政府の政策だけで変わるものではないし、成功体験の蓄積も必要だからだ。
 著者がこの過程を「ウォーム・ハート&クール・ヘッド」で見守り続け、やがて「『貧者を喰らう国』のその後」を書く日を待ちたい。

 (つがみ・としや 現代中国研究家)

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