書評

2014年10月号掲載

心の病から「労働」の本質を考える

岩波明『心の病が職場を潰す』

岩波明

対象書籍名:『心の病が職場を潰す』
対象著者:岩波明
対象書籍ISBN:978-4-10-610588-3

 長期的不況と軌を一にするように、精神疾患の患者が日本中で増え続けています。そして、「私の職場にも心の病を患っている人がいる」という方が、皆さんの中にもかなりいるはずです。
 ところが、患者本人に対しては医療サービスがあり、疾患ごとに一般向けの本も出ているのに、その周囲にいる「患者以外」へ向けた本はほとんどありません。
 しかし、心の病がこれだけ多くの職場に重い負担を与え、周囲にいる人々までをも疲弊させている現在、この状況を正しく捉えることは、もはや社会人に必須の素養であると言えるでしょう。
 そこで、『心の病が職場を潰す』では、職場における心の病にどのようなものがあるのかといった基礎的知識の解説はもちろん、たとえばうつ病が職場においていかに発症し、それによる休職、復職、解雇などが実際にどのように行われているかといったことまで、多くの症例とともにその実態を検討しました。
 もっとも、精神疾患も数ある病の一つにすぎないのですから、ことさら特別視する必要はないとも言えます。つまり、「うつ病で休みがちな同僚がいて仕事のシフトが組みにくい」という問題は、「交通事故の後遺症で以前ほど働けなくなった社員がいる」ということと基本的に同じなのです。
 とは言え、心の病には一般社会からタブー視されてきた歴史があり、今でも多くの患者は、職場の仲間にも病を隠したいと考えます。それに対して周囲は、その病をイメージさえできないため、戸惑うばかりになるのです。やはり、すべては正しい知識を持つことから始まるようです。
 また、職場における心の病は、医療の課題であるとともに、切実な労働問題であることも見逃せません。心の病が仕事の場で急増した社会的背景、日本における労働環境の問題点といったことにも本書では目を配りました。
 とくに、いわゆる「うつ病切り」など、雇用にも直結することがあるだけに、「個人対企業」という対立構造が無視できなくなります。
 たとえば、うつ病で休職中の同僚がいて、その人員減が他の社員の重荷になっているとき、あなたが同僚の側に立つのか、会社側に立つのか、それだけで問題の見方は180度変わるはずです。
 個人が自分の生活を守りたいと思うのが自然なら、企業が利益や効率を追求することも一概には責められません。もちろん長時間に及ぶサービス残業などは言語道断ですが、高給と引き換えにハードな職務の遂行が社員にも了解されている職場もあるのですから、単純に企業を悪とみなしても問題はけっして解決しません。
 やはり、これだけ心の病が仕事の場に蔓延しているのですから、現代の日本人の働き方の根本に大きなミスマッチがあるとみるべきなのでしょう。それをどのように解消していくのか。本書が、働くことの本質をも考え直す一助になれば幸いです。

 (いわなみ・あきら 精神科医・昭和大学教授)

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