対談・鼎談

2014年11月号掲載

『吉田美和歌詩集LOVE/LIFE』刊行記念 対談

未来に手渡す現代の万葉集

中村正人 × 豊崎由美

対象書籍名:『吉田美和歌詩集 LOVE』/『吉田美和歌詩集 LIFE』
対象著者:吉田美和
対象書籍ISBN:978-4-10-336571-6/978-4-10-336572-3

豊崎 ドリームズ・カム・トゥルーは今年二〇一四年にデビュー二十五周年を迎え、八月には十七枚目のオリジナルアルバム『ATTACK25』をリリース。この記念すべき節目の年に、中村さんの発案・監修で美和さんの歌詩集が刊行されることになりました。

中村 ドリカムの活動において、歌詩は吉田の絶対領域で、曲に関しては二人の共同作業でやってきました。僕は音楽のひとつとして彼女の歌詩を捉えていましたが、それがある時、たまたま机の上にあった歌詩カードに目を通したら、何だこれは! と驚いたんですね。メロディーに乗っていなくても、吉田の歌詩は「詩」としてもこんなにも素晴らしいのかと、激しくこころを揺さぶられ、涙がどわーっと出てきたのです。その後、過去の歌詩カードを引っ張り出してきて読んでみると、メロディーを忘れさせるくらい言葉に力が宿っていることがわかった。そこには恋愛があり文化があり、的確な時代描写がありました。これは詠み人知らずになっても、節(ふし)がなくなっても現代まで詠み継がれている『万葉集』に匹敵する可能性を秘めていると思ったんです。

豊崎 美和さんが、メロディーという制約がある中で歌詩を書かれたように、『万葉集』も、短歌なら五七五七七の縛りがあるにもかかわらず、天皇や防人などさまざまな身分にある人がいろんな思いを伝えています。恋を歌うだけでなく、四季を愛でて、亡き人を悼みました。美和さんはたいへん熱心な読書家ですから、読んだ本の中からたくさんの語彙を培ってきたと思うんですね。そこで得た文学の言葉を、ポップソングとして許されるギリギリの線で歌詩に取り入れたんじゃないかなと、今回読み返して見えてくるところがありました。

中村 優れた小説と同じく比喩が抜群に巧いですね。それに加えて吉田がすごいのは、一音一音、僕が作ったメロディーにピタッと言葉を乗せてくるところです。僕は、この一音が変わったら曲の命がなくなる、というくらい、メロディーを詰めて曲作りにこだわります。たとえば、「やさしいキスをして」は非常に難しい曲なのですが、それでも吉田は音符通りに合わせてきた。吉田が言うんです。「これ、まるでメロディーと歌詩が同時に出てきたみたいでしょ」って。

豊崎 う~ん、美和さんはやっぱりすごいなぁ。そういう厳しい縛りがあってなおかつ、この歌詩のクオリティーの高さですもんね。

中村 吉田はサクサクと書き進めることもあれば、繰り返し直す場合もあります。手書きで始めて、ある程度出来上がったらパソコンに入力しています。

豊崎 客観的に見るためでしょうね。

中村 で、一生懸命やっているなと思うと、テレビゲームに夢中になっていたり(笑)。ゲームが大好きなんですよ。そんな暇があったら書けよと言ったら、返ってきた言葉が、「こうして待っているんです」でした……。歌詩が勢いよく降りてくる瞬間があるんだそうです。

豊崎 以前、座談会でご一緒した際、小説を書かないんですかと美和さんに訊いたことがありました。それは歌詩にセンスがあったからなんですね。でも、「小説を読むのは大好きだけど、尊敬する作家ほどの想像力を持っていないから書けるとは思わないし、そこまでの情熱はない。でも歌いたいことはある」とおっしゃっていました。その答えを聞いた時に、残念に思う一方で、すごく嬉しいという気持ちもあったんです。こんなにも言葉と小説を大事に考えてくれているんだなと。でも、わたしは今でもお書きになったらいいのにと背中を押したい気持ちが残っています。だって、比喩の巧さと言葉のセンスがあったら、あと必要なのは物語ですけど、美和さんには物語を作る才能もあるんですから。たとえば、「わすれものばんちょう」。

中村 子ども向けに作った歌詩ですね。

豊崎 これ、すごくないですか。美和さんは耳がよく、優れた記憶力の持ち主であることがはっきりとわかります。

中村 オチも見事です。ほとんど短編小説ですね。

豊崎 短編小説のように意外な展開があって、ラストに結びつく伏線もしっかり張ってある。音符に合わせて言葉を乗せていくだけでも難しいのに、展開まで作れるのはやっぱり天才なんだと思います。

中村 歌手やパフォーマーとしての吉田は努力の人であって、それほど天才肌ではないんですよ。彼女は新しいことにチャレンジするのに時間がかかります。頭はいいけれども不器用です。でも、歌詩に関して天才であることは間違いありません。吉田と実質三十年という長い時間を共に歩んできた僕にはわかるんです。『万葉集』のように最初に編まれてから千何百年か経って、たとえ吉田美和という名前が忘れ去られ詠み人知らずになっても、そしてメロディーが消えても、きっと彼女の言葉だけは残るはずです。

 (なかむら・まさと ドリームズ・カム・トゥルー)
 (とよざき・ゆみ 書評家)

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