書評・エッセイ

2014年11月号掲載

名著復刊

泥棒でも入れた(?)自由な場所で

――笠原和夫『映画はやくざなり』

楠瀬啓之

対象書籍名:『映画はやくざなり』
対象著者:笠原和夫
対象書籍ISBN:978-4-10-460901-7

 笠原和夫さんは無類の語り手でした。脚本家としては勿論ですが(代表作に『仁義なき戦い』『二百三高地』など)、実生活での〈喋り〉がまた滅法面白い人だったんです。本書のために取材のお願いへ伺った初対面の際、もうご体調を崩されていて、めっきり痩せておられた。しかし眼光鋭く、角刈りで着流しと、まるで引退したての老侠客という趣きでしたが、口を開くと、爆笑ものの映画裏話を〈千切っては投げ〉という按配で語り続けてくれるので、まずはご挨拶のつもりでいた僕は録音機材を持ってこなかったことを後悔したのを覚えています。数ヶ月に及ぶ取材も笑い転げるうちに終わり、その結果は本書の第一部「わが『やくざ映画』人生」に纏まりました。
 もっとも映画屋さんというのは、話があまりに面白すぎて「ホントかね」と思わせる、口達者な語り手が多いんです。本書を作った後、東映のプロデューサーだった日下部五朗さんに『シネマの極道』のために何度もインタビューをしたり、また伊藤彰彦著『映画の奈落』の主人公・高田宏治さん(脚本家)にも長時間お話を伺ったことがありますが、まあ話が豪放でアケスケで、ゴシップあり下ネタあり、ご自身のことも虚仮(こけ)にしたり茶にしたり笑わせ所満載、映画史的秘話や職人的な技術論も入って、寸毫も聞き手を逸らしません。口八丁手八丁は映画屋さん全般に言えることでしょうが、殊に東映それも京都撮影所の方々にはその傾向が濃厚なんです。これは〈やくざ映画〉という、それまで映画史に存在しなかった新ジャンルのドラマツルギーを自分たちの手だけで作り上げた人たちだから当然かもしれません。東映関係者の本が大量に出版されているのも、彼らの口達者ぶりの証明です。
 同じ東映でも東京撮影所は「本社が近いせいか、官僚的」(日下部さん)、「客が入らないくせに〈所謂(いわゆる)良心的〉な作品を作る方(ほう)がチヤホヤされた」(笠原さん)なんて聞かされたことがありますが、京都撮影所は「右翼も共産党もあるかい、わしらは大日本映画党や。泥棒でも何でも、映画が好きならわしンとこへ来い」とマキノ光雄専務が宣(のたも)うた通りの気風があり、光雄専務は若死にしますが、このカラーは岡田茂京撮所長(のち東映社長)へも濃密に引き継がれます。要するに「マ、当たればええよ」という、このざっくりした姿勢が、露悪的で、明るくて、人なつこくて、人間くさくて、インテリぶらないインテリやくざめいた暢達な語り口を生んだのでしょう。
 もはや『晩春』『西鶴一代女』『七人の侍』『浮雲』クラスの位置を戦後映画史に占めそうな実録路線の傑作『仁義なき戦い』四部作は、そんな撮影所で作られました。あの映画では、若者たちが戦争で燃焼しつくせなかった鬱屈や、やぶれかぶれの情熱や、既成権威への反発や、戦後日本でのし上がろうとする野望などを抱えて極道の世界へ入り、それぞれの思いを社会に激しくぶつけていきます。映画を見、本書を読むと、あの四部作は作者である笠原さんの個人史のみならず、京都撮影所全体と二重写しになっているように思えてきます。
 京撮というオールカマーな場所には、元満映帰りもレッドパージに遭った人も、復員兵も極道めいた人も、特攻隊員になりかけた元少年兵も(笠原さんがそうです)いました。役者たち、鶴田浩二も高倉健も、後の菅原文太も松方弘樹も、川谷拓三や福本清三など大部屋組も、東京からやってきた監督の深作欣二も、まだ燻(くすぶ)って、ギラギラする日を待っていました。彼らがやくざ映画を十何年も毎週のように作り続けていけたのは、自分の胸底にあるナニモノかを登場人物たちに仮託できたからだ――そんなことが判ってくるんです。
 もうひとつ感じるのは、あの壺中天のような撮影所に吹いていた〈自由〉の風です。「マ、当たればええよ」という殆どアナーキーな雰囲気の中で、笠原さんと山下耕作将軍(監督)がやくざ映画製作にうんざりしながらも、ソロバンに厳しい岡田所長の目を盗んで名作『博奕打ち 総長賭博』を作り上げるエピソードを読み返すと、愈々そう感じられます。京都といういろいろヤヤコシイ土地柄にありながら、差別も何もない、〈腕だけが勝負〉の実に気持よい場所だったと、笠原さんも日下部さんも口を揃えて回想していました。
 あとは駆け足の紹介。本書でさらに貴重なのは第二部「秘伝 シナリオ骨法十箇条」の方かもしれません。現場で長年呟かれてきた脚本作法を、コロガリ、カセ、オタカラといった撮影所用語を使いながら極めて明晰に説いていきます。ハウツーを超えた熱さが笠原さんの真骨頂ですが、企画の立て方・通し方などビジネスパーソンも得る所がある筈。その骨法を駆使した脚本「沖縄進撃作戦」も巻末に掲載、琉球のやくざとナショナリズムを描破したものの、ヤバすぎて映画化が頓挫したという曰くつきの快作です。

 (くすのせ・ひろゆき 編集者)

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