書評・エッセイ

2014年11月号掲載

新しい食文化を生むきっかけに

――長友姫世『オリーブオイル・ガイドブック』

日高良実

対象書籍名:『オリーブオイル・ガイドブック』
対象著者:長友姫世
対象書籍ISBN:978-4-10-336691-1

 一九八六~八九年にかけてイタリアの八つの州、十四のレストランで修業をしました。特に地方の食文化を知りたいと思って、北から南までをまわったのですが、当時の実感で言うとイタリア人にとってのオリーブオイルって、日本人にとってのお醤油のような存在なんです。皆地元のものが一番だと思っているし、それしか知らない。一方で大量生産品をなんとなく買って使っている人もいる。日本人もちょっと前までは関西なら薄口、関東なら濃い口が当たり前と思って使っていたし、保管方法も火口のそばに出しっぱなしで、腐らないものだと思っていましたよね。最近になって、生醤油がブームになったり、冷蔵庫に入れて保管をしなきゃいけないなんて意識が高まってきたりしているけれど。
 だから日本のシェフはもちろん、イタリア人のシェフでもこの本に載っているような、多種多様なオリーブオイルに精通して、使い分けしている人は実はまだまだ少ないと思います。私自身も、ここ数年、輸入業者や国内のオリーブオイル生産者との交流を通じて、ようやく料理との相性や使い分けなんかを意識するようになったところです。
 それにしても、この本を手にとってまずびっくりしたのは、142本という掲載本数。イタリア、スペイン、ギリシャ、クロアチア、モロッコ、アメリカ、チリ……そして日本まで、世界中でこれだけの種類が生産されているとはさすがに知りませんでした。「いま国内で入手可能な」とあるから輸入業者の努力もあるんでしょうね。また一本一本のオイルの特徴が書き分けられていることが素晴らしい。いくらシェフといえども、こんな風にオイルの香りや味わいを表現することはできない。著者の長友姫世さんの肩書き、オリーブオイル鑑定士とは、ヨーロッパなどで製品出荷の際に、エクストラヴァージンオリーブオイルか否かを自らの嗅覚と味覚を使いジャッジ(=官能検査)できる人を指すそうですが、まさにプロフェッショナルの仕事だと思います。それぞれのオイルに食材や料理との相性が添えられているのもいいですね。私の店の名前〈アクアパッツァ〉は南イタリアの魚の煮込み料理からとっているのですが、店名に冠しているぐらいですから、世界で一番美味いものを供さなくてはと思っている。この本によればトンダ・イブレアというシチリアの土着品種で搾油したオイルが向いているらしい。食材とオイルの組み合わせはそれぞれの産地が似たような環境であることが望ましいそうなんです。大いに参考になります。本の巻末には食材別、料理別に使い方のアイディア集が掲載されていて、例えば、スープにかける時には出汁の種類や冷製、温製によって使い分ける。デザートには、ソースとしても生地に練り込んでも楽しめる、とある。どれも目からウロコの情報で、さっそく店でも試してみたいですね。
 料理人は生産者と消費者や、生産者と生産者をつなげる役割を担っている、というのが私の考えです。例えば店では、オリーブオイルをパンにつけて召し上がったお客さんが、興味を持たれ、店頭販売しているものを購入してゆかれる、なんてことが結構あります。この本を読んで、日常的にこれだけオリーブオイルを使っている私たち料理人が、もっとオリーブオイルのことを知らなくてはいけないとの思いを強くしました。ワインが食文化として日本に根付くまで、ソムリエが伝道師として大きな役割を果たしていたけれど、この本と長友さんの存在、そして我々料理人たちの意識によって日本人のオリーブオイルに対する意識もかなり変わってくるのではないでしょうか。それから国内生産者も応援してゆきたいですね。国産のオリーブオイルが市場でもっと流通すれば、食文化としてもっと根付いてゆくでしょうから。
 でも、読者の方は、知識ばかりでなく、まずはこの本に載っているオイルの中で気になった一、二本を食卓において、あれやこれや使ってみて、自分なりの楽しみ方を見つけることからスタートすると良いと思います。そんなところから、新しい食の文化が生まれてくるのではないでしょうか。

(談)

 (ひだか・よしみ シェフ)

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