書評・エッセイ

2014年11月号掲載

「実学」にもとづく「公智」によって

八代尚宏『反グローバリズムの克服 世界の経済政策に学ぶ』

清家篤

対象書籍名:『反グローバリズムの克服 世界の経済政策に学ぶ』
対象著者:八代尚宏
対象書籍ISBN:978-4-10-603758-0

 私たちは今大きな変化の時代を生きている。それは少子高齢化やIT革命など、人口や技術といった社会や経済を基本的に規定している部分の変化だ。その中で、経済の国際的相互依存性もますます深まる、国際化の進む時代である。
 本書はそうした変化と国際化にどのように対処すべきかについて、明快な処方箋を示している。一つは経済のグローバル化を推進するということ、そしてもう一つはそのためにも、国内の規制緩和を徹底的に進めるということである。例えば、今大きな外交問題にもなっているTPPで言えば、それを早期に取り結ぶ。そして農業などは思い切った規制緩和によって高付加価値化を図り、国際競争力をつけることができる。
 もちろんそうした方策については、国内で大きな反発もあるが、それらは、部分的な利益を反映したものであり、日本全体の利益を考えれば著者の示すシナリオが最善であるということを強調するのが、この本のタイトルの示すところでもある。
 本書の魅力はそうした著者の主張が一貫した経済学の論理によって導かれているところだ。著者の経済学的な知見は、本文だけでなく数多くのコラムにおいても遺憾なく発揮されている。
 ところで大きな変化と国際化ということでいえば、明治維新前後の日本もまたそうであった。封建の江戸時代に生まれ維新を経て明治を生きた同世代人を福澤諭吉は「恰も一身にして二生を経る」と表現したが、この時代はまた日本が二世紀以上の鎖国を解いた国際化の時代でもあった。
 そのような大きな変化と国際化の時代には、過去の延長線上でものを考えたり、問題を解決することは難しくなる。そこで福澤は「学問」、とくに福澤自身が「サイヤンス」とルビをふった「実学」の大切さを説いた。事物を虚心坦懐に見て、それを論理と実証によって説明し、それに基づいて問題を解決するということである。
 また福澤は、あらゆることにはプラスとマイナス、トレード・オフ(二律背反)の関係があり、その中でより重要なことを先に、そうでないことを後にする見識を「公智」と言って大切にした。その見識の基盤になるのが論理と実証による「実学」ということである。
 現在の変化と国際化に対応する場合にもそれは大切な視点だ。新しいこと、あるいは海外の事例はなんでも良いというのは、これまでのもの、日本のものは何でも良いというのと同じく間違っている。何を変え、何を変えないかは、論理的、実証的に現状を理解し、その上で相対的に大切なことは何かを選び取るのでなければならない。
 本書は著者に必ずしも賛成しない人にも、きちんとした論理と実証に基づく議論の共通土俵を提供してくれている。その意味で、著者の論に賛成の人にも、また反対の人にも必読の書であるといえると思う。

 (せいけ・あつし 慶應義塾長)

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