書評・エッセイ

2014年12月号掲載

舞台に咲く美の秘密

――長谷部浩『菊之助の礼儀』

矢野誠一

対象書籍名:『菊之助の礼儀』
対象著者:長谷部浩
対象書籍ISBN:978-4-10-336751-2

 尾上菊之助を語るのに、演技者としての行儀の良さを褒めるのは、しごくやさしいことだし、当り前にすぎる。役者のなかには、羽目をはずした行儀の悪さを、独自の魅力に昇華してのける才を発揮する例がなくもなく、その伝で言うなら父菊五郎から受けついだにちがいない菊之助の「たしなみ」の良さは、面白味のなさに傾きかねない危険をはらんでいるのに、そうさせることなく固有の色感にますます厚味の加わった、昨今の充実ぶりは見事と言うほかにない。
 長谷部浩『菊之助の礼儀』は、菊之助と二〇歳ちがいの著者が、ホテルのラウンジで、喫茶店で、祇園の座敷で、ステーキハウスで、稽古場で、そしてときに楽屋で、手がける芝居の役の性根について意見を交換しあったさまを記述したものだ。雑誌に乞われたインタビューもあるが、ほとんどが私的な会話で、菊之助の発言は真摯につきている。
 歌舞伎俳優菊之助にとって、劃期的大仕事となった『NINAGAWA 十二夜』の上演に際し、著者は企画の段階から参画している。実際に幕のあくまで、脚本家今井豊茂、演出家蜷川幸雄、制作松竹、そして菊之助のあいだには、当然のことながら紆余曲折があった。この世界で言う「おさめる」にあたって、父菊五郎の発言も交えたある種の政治性もうかがえ、制作現場の雰囲気がひしひしと伝わってくる。それは、『NINAGAWA 十二夜』という舞台誕生に、役者、演出家、制作者と制作にタッチした評論家による、バランスのいい理想的な関係がその背景にあったことを教えてくれる。
 ところで菊之助の父菊五郎が七代目を継いだのは一九七三年のことだが、襲名当初は女形の舞台がつづいた。当時の歌舞伎界にあって随一の美男役者であっただけに、女形主体の菊五郎に多少の不満をいだいたものである。いまにして思えば、それがこんにち立役としての色気をともなった音羽屋の藝伝承のかてとなったのだ。すでに立役も視野にとらえている菊之助だが、女形と立役を兼ねる役者としてすすむべき宿命を背負わされた身として、この著で取りあげられている父尾上菊五郎、故中村勘三郎の言辞から、これからの指針がうかがわれる。さらに姉寺島しのぶや坂東玉三郎、市川海老蔵など共演者から照射される菊之助像に、合せ鏡に写し出されたような効果がもたらされている。
 冒頭に菊之助を行儀の良い役者と書いたのだが、その行儀の良さは祖父の尾上梅幸ゆずりと、単純にそう思っていた。だが、梅幸のあの過不足ない行儀の良さは、息子を菊五郎にするためおのれを捨てた献身からきていたと知り、いささか驚いている。菊之助の行儀の良さは、そうした精神的な制約とまったく無縁な、繊細な神経、自己規制と良識、勤勉さのもたらしたものであることを、著者は見抜いてみせる。
「美しさの謎」に始まり、「新しい命」まで全二五章に、それぞれ『京鹿子娘二人道成寺』『勧進帳』のように歌舞伎の外題が併記されている。その演目にからめての菊之助断想で、趣向を凝らした構成だ。純然たる評論でも、ノンフィクションでもなく、「これまでの物書き人生のなかで、はじめて読みものが書きたくなったのかもしれません」と書いた「あとがき」で、菊之助が「年少期から今までに、大変な自制心を以て身につけた人生の態度を、『菊之助の礼儀』と呼びたいのです」としている。
 こと歌舞伎に限らず、役者にとっては舞台がすべてで、舞台外での行動や生活姿勢は役者の評価に関係ないとするのは間違っていない。だがすべてと言われる舞台には、おのずとその役者の人格があらわれるもので、あらためて「尽くすべき敬意表現と、超えてはならない言動の壁」という「礼儀」の語義を辞書で確認して、いい題名だとしみじみ思った。

 (やの・せいいち 評論家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ