書評・エッセイ

2014年12月号掲載

謎のないスフィンクス

――立川談志『努力とは馬鹿に恵(あた)えた夢である』

和田尚久

対象書籍名:『努力とは馬鹿に恵えた夢である』
対象著者:立川談志
対象書籍ISBN:978-4-10-306943-0

 立川談志がみずからの藝の総決算と総括し、その〈すさまじい〉出来ばえをくりかえし語った二〇〇七年暮れの『芝濱(しばはま)』を、ぼくは聴いていない。
 むろん、談志の『芝濱』そのものは何度も聴いている。晩年では二〇〇五年十二月のよみうりホール独演会。このときは、TBSラジオで一緒に仕事(『談志の遺言』という番組でこちらは構成作家)をしていた時期で、外山惠理アナウンサーが定刻ぎりぎりに駆け込んで来たことを覚えている。これが、たぶんこの落語家の『芝濱』を聞いた最後だった。
 ――ところが、どういうわけか、立川談志は、ぼくが二〇〇七年版の『芝濱』をライヴで聴いていると思い込んでいた。桂吉坊が聞き手になって、雑誌でインタビューをしたときも、このときの高座について語り「その出来については同じ空間で聴いていた人間も証言をしてくれるはずだ。そうだろう?」と同席しているぼくを指さし、問いかけるのだ。こちらにはなしを向ける一瞬のイキに圧倒されて、返答に困った。
 ぼくは、立川談志というすぐれた落語家のキャリアが『芝濱』に集成されてしまうことに疑問を持っていた。この噺は写実表現によって維持される部分が大きく、それはエッセンスによって世界を捉え、再構成する滑稽噺の論理から遠いものではないか?
 なにもそんなに難しいはなしじゃない。最後にリアリズムかよ、ということだ。いつか、落語ニ於ケル写実主義トハ何カという高尚な主題について会話を交わしたときは、「そんなにリアリズムが偉いのなら、おまんこを細密に描いた絵をここへ持ってこいってんだよ」と言っていたのに。

 矛盾のかたまりのような人だった。
 近ごろ、〈ぶれない〉という、テレビ広告あたりにうってつけの言葉をよく目にするが、それを言えば、いつもぶれている人だった。文脈に左右され、みずからを裏切る言動が、しかし、その瞬間に於いては、真実の強さを持っているところが面白かった。
 本書の魅力もそこに尽きる。CDの冊子や落語会のパンフレット、文庫本解説によせた文章がばらばらのまま、まとまった像を結ばない。ある項目では〈常識への応援〉と解釈される『芝濱』が、べつのページでは〈茫然自失〉の達成であったと自賛される。その乱反射ぶりに、すべてが破片として放り出されるさまに、この落語家の現代性がある。
 いまぼくたちが耳にする落語は明治中期から大正時代に形を整えた近代芸能である。談志はそのことを直観していた。近代落語が完成されようとするとき、同時代にいたのが正岡子規であり、漱石だった。つまり、日本語における散文の成立期と、〈おとし咄〉が〈落語〉に成熟した時期は一致している。落語の速記が作家に影響を与えたという逸話をなぞりたいのではない。そうではなく、近代空間こそが、落語と散文という双子を産み落としたのである。そのことを理解していた彼は、「咄家」という言い方を嫌い、いつも「落語家」という近代的呼称を使った。あるいは、晩年にいたり、過去最高の落語家として初代柳家三語楼を称揚した。三語楼は志ん生、金語楼、権太楼につらなる、ポップな表現形式としての落語を完成させた人物だった。このポップさは談志を経由して、景山民夫、高田文夫、伊集院光へと至る。
 ただし、この本には、そのようなリクツが、順序立てて書かれているわけではない。これは文中の断片を結びつけた、ぼくの見立てだ。落語のサゲを引用すれば「どうぞお好きなのをお見立てください」。だから、読者は宝探しをするように、あるいは、ジャンク放出品の箱を調べるように、思うままにページを繰ればいい。
 ギリシア神話のスフィンクスは正しいひとつの答えを持っていたが、この落語家は、アイルランドの近代劇作家、オスカー・ワイルドの言い回しを借りれば〈謎のないスフィンクス〉である。彼のちぐはぐなイメージから答えを導き出すのは、読者の側だ。それが近代空間、つまり神を消失点とする遠近法が消滅した時代の表現者の帰結である。
 冬のことだった。収録前のラジオ局で、「地球温暖化で平年より暖冬」というニュースが流れている。それを聴いた談志はすぐさま「冬が暖かけりゃしのぎやすいじゃねえか。なにが問題なんだよ」と問いかけてきた。とっさに「山中湖でワカサギ釣りが出来なくなるでしょう。湖面が凍ってくれないと」と返答をしたら、声は出さずに、笑っていた。

 (わだ・なおひさ 放送作家)

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