書評
2014年12月号掲載
普通が特別であることに気付く瞬間
――モギサン/モギ奥サン『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』
対象書籍名:『ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。』
対象著者:モギサン/モギ奥サン
対象書籍ISBN:978-4-10-336951-6
誰もが経験する超個人的な普通のことが、当人たちにとっての特別になっているのが恋愛ではないでしょうか。知人がある時、「全ての恋愛映画、ドラマ、本は男女が出会ってから別れるまでを壮大に描いただけ」という名言(迷言?)を吐いていましたが、まさにそれ。
この本で描かれている台湾人のリンちゃん(モギ奥サン)と、日本人のモギサンの恋愛も、すごくピュアで応援したくなるような恋ではありますが、必ずしも特別な恋愛ではありません。フェイスブックがきっかけの出会いも、台湾と日本という距離を隔てた国際恋愛も、そこからの結婚も、似たような経験をしている人はきっとたくさんいることでしょう。でも、だからこそ誰もが二人の恋愛に共感して、自分たちにとっての「普通だけど特別なこと」は何だろうと考えるきっかけを得られるのです。
私が著者のモギサンとリンちゃんを知ったのは、ネット上のまとめサイトで二人が話題になっていた記事を見たことがきっかけでした。その記事も友人が作成していたので、もともと私も、モギサン夫妻と出会うべくして出会ったのだと確信しています。記事内では、二人がフェイスブックにアップしていたデート写真がたくさん紹介されていたのですが、どの写真も女心をくすぐるには十分すぎるほどキュートで、胸がキュンキュンしました。
ともすればありふれた日常の風景写真になってしまいがちなデートの光景も、モギサンとリンちゃんのフィルターを通せば、なんだか見慣れない、新鮮な光景に見えてしまうのです。それはリンちゃんの、時には無鉄砲にも思えてしまうほどの遊び心と、モギサンのリンちゃんへの溢れんばかりの愛情とが組み合わさったおかげで完成した「人生を楽しみつくす」という魔法のせいかもしれません。そう、彼らは二人合わさると「普通のことを特別に見せる天才」チームなのです。
読者は本書の挿入写真を見ながら、ちょっとしたジェラシーを感じるかもしれません。その正体を辿っていくと、同じような生活を送っているにもかかわらず、人生を楽しみ切れていない自分への憤りだという可能性もあります。実は、私自身がそういった暗い気持ちを感じてしまったのです。観光地デート、手料理、結婚式……きっと自分でも望めば手に入る光景なのに、私はこの二人のように全てを楽しみつくせないのではないか。そんな不安が私の脳裏をかすめていきました。願わくば私も、普通のことを特別に感じられる感性と、それに感謝する心の余裕を持ちたい。それを一緒に楽しめるパートナーにはまだ出会えていませんが、この本が「そういう相手を選ぶといいよ」という道しるべをくれた気もします。
本書には、ネットでは知ることが出来なかった、二人のなれそめや同棲生活の事も詳しく書いてあるので、もともと彼女たちの存在を知らなかった人たちには、ステップを踏んで彼女たちに感情移入する助けになりますし、逆に知っていた人たちには、書籍版だけの特典として、楽しめるお得さがあるかと思います。個人的には、日本語が母国語ではないリンちゃんの、時に舌足らずな表現が好きで、この本のピュアさ加減を倍増させる効果があると思っています。「トイレのドアを閉めない理由は『忘れるから』」というくだりでの「私の頭にたんこぶができた」や初めて日本に降り立つときの「チョーワクワク!」。それらのフレーズは、子供のように単純に見たままを受け入れて、吸収していくリンちゃんの素直さをそのまま表しているようで愛おしく、時にはストレートな感情表現こそが胸に印象深く残るのだということを教えてくれました。
淡々と綴られる二人のエピソードの中には、読者がびっくりするようなハプニングや、ハラハラするような大きなケンカなどはありません。でも、そんな普通の恋愛の良さを、しみじみと実感するのがこの本の醍醐味なのではないでしょうか。むしろ、普通の事こそ、その瞬間が過ぎ去ってしまうと覚えていない。だからこそ、それぞれの心に、大事にしまっておく必要がある。そんな気付きを得たおかげで、読み終わった後には、自分の平凡な人生もかけがえのない人生として、丁寧に味わっていこうという前向きな気持ちに包まれました。
(はあちゅう ブロガー・作家)