書評

2015年1月号掲載

新渡戸稲造先生の「食育」を子どもたちに

――鮑子奈緒美『子どもも家族もぺろり完食! 新渡戸文化子ども園のすごい給食』

中原英臣

対象書籍名:『子どもも家族もぺろり完食! 新渡戸文化子ども園のすごい給食』
対象著者:鮑子奈緒美
対象書籍ISBN:978-4-10-337051-2

「野菜嫌いが直りました!」「毎日、園からの帰り道には給食の話から会話がスタートします」このような喜びの声が、新渡戸文化子ども園の保護者からは次々に届きます。
 新渡戸文化学園は東京都中野区にある、子ども園(幼稚園)から短期大学までを擁する総合学園です。初代校長はあの新渡戸稲造先生。「女性の自立支援」を目指し、1927年に設立されました。新渡戸先生は今から100年ほど前から「女性の活躍」を願い、女子教育に力を注いだ教育者でした。それと同時に、札幌農学校に学んだ日本初の農学博士でもあり、「食」を非常に大事にされた先生でもあります。
 そんな新渡戸先生の理念を今に受け継ぐ学園で、「新渡戸文化学園の給食」は生まれ、育まれてきました。学園では、子ども園から高校まで、毎日校内で手作りの給食が提供されています。食の外注化が進む中、これは私立学校の中でも今では非常に珍しい取り組みと言えます。そこまで新渡戸文化学園が「食」にこだわるのは、新渡戸先生の理念がしっかりと根付いているからなのです。
 子どもの成長にとって「食」は大変重要なものです。その中でも、幼児期にあたる子ども園の給食は、子どもの体や心の基礎を作る上でとても大切なものと位置づけています。現代は、家庭の食環境が昔とは大きく異なり、大家族でゆっくりと時間をかけて食事をとるような家はだいぶ少なくなりました。働く保護者が増え、食事に時間がかけられなくなった結果、短時間で用意できるものや、子どもがすぐに食べてくれる好きな食べものばかりが食卓に並ぶことも少なくありません。毎日スーパーへ食材を買いに行くことが難しくなった一方、コンビニ総菜や冷凍食品などの手軽な食材が増え、手作りの料理もずいぶん減ってきています。そんな中で、親が毎日食事を手作りしてきた時代に育っている現代の保護者の多くは、自分が親になった今、家庭の「食」のあり方に対して不安やとまどいを感じているのではないでしょうか。「子どもにはきちんとした食事を与えたい。でもなかなか難しい……」そんな気持ちに応えているのが、新渡戸文化子ども園の給食なのだと思います。
 給食を毎日作っているのは、管理栄養士の鮑子(あびこ)奈緒美さん。自身も新渡戸文化短期大学を卒業し、学園の「食育」の伝統を受け継いでいる鮑子さんの給食に対する思いは、毎月保護者に配布される献立表からも一目瞭然。毎日のメニューについて、使っている食材や栄養価、季節の風習などさまざまな面からびっしりと詳しく解説されているのです。「勉強になります」「子どもたちのことを大切に思ってくださっていることが伝わります」と、保護者からは感謝の声が多く聞かれます。
 2011年に園舎を新しく建設する際、鮑子さんがこだわった点があります。それが給食室に作られた子どもの背の高さの小窓です。もともと給食室はガラス張りで、調理の様子が見られるようになっていますが、この小窓によって子どもたちと会話も出来るようになりました。食事の話はもちろん、「あびこ先生、あのね。」と相談にくる子も少なくないそうです。また、子ども園の畑で育てた野菜を子どもたちが鮑子さんに届けることもあります。子どもたちは、自分で作った野菜は本当によく食べます。食事を作るだけでなく、食の楽しさまでも含めて伝えたいと考える鮑子さんの願いが、こうしたところにもよく表れているのです。
 新渡戸文化子ども園は2011年に幼稚園から子ども園になり、共働き保護者をさらに力強く支援し始めました。食事に時間をかけることが難しい家庭からの入園が増え、子ども園の給食を評価する声はこれまで以上に高まっています。「こんなに素晴らしい給食を、もっと世のママたちに伝えたい!」「子どもにせがまれるから、レシピを教えてください」そんな声が多数あがり、本書が生まれることになりました。
 本書は、子どもが喜ぶ料理のレシピに留まらず、家族全体で食を楽しめるようにとの願いを込めて構成されています。お子様はもちろん、ご家族の「食」のヒントになる情報が満載です。多くの方にお手にとっていただき、食卓での笑顔が世の中に増えることを願っております。

 (なかはら・ひでおみ 医学博士・新渡戸文化短期大学学長)

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