対談・鼎談
2015年2月号掲載
湊かなえ『絶唱』刊行記念 書店員座談会
それでも、人生は続く
勝間準 × 河井洋平 × 髙橋美里
5年に亘って紡がれた「楽園」「約束」「太陽」「絶唱」を収録する湊かなえさんの最新作『絶唱』。
湊さんの作品を愛読してきたという三人の書店員さんに、その魅力を存分に語り合っていただきました。
対象書籍名:『絶唱』
対象著者:湊かなえ
対象書籍ISBN:978-4-10-126773-9
人は誰かを助けられる
勝間 『絶唱』を読んでいるときに頭に浮かんだのが、「人って誰かを助けられるんやな」ということでした。僕が一番好きな「太陽」の中で、杏子さん(「太陽」の語り手)がトンガ人のセミシさんに支えられて一歩前に踏み出す勇気を手に入れたみたいに、それ以外の話でも、誰かが誰かの支えになって助けている、そんな姿が描かれているように感じたんです。僕もセミシさんのように、誰かを助けることができる人になれたらいいな、とも思いました。
河井 僕も「太陽」が好きです。心に残る名言がたくさんある作品だなと読みながら思っていて、「太陽」でも、セミシさんの言葉として書かれているあるフレーズに、はっとさせられました。「約束」で、理恵子(「約束」の語り手)が最後に下した決断も鮮やかでしたね。違う話で書かれている、その選択をした後の理恵子の人生のことに思いを馳せると、囚われていたものから解放されたんだなと、安心しました。
髙橋 私は読み終ったときに、思わず泣いてしまったんです。癒しというか再生というか、何かを失ったところから立ち直る人間の姿を描いた物語が「楽園」「約束」「太陽」と続いて、最後の「絶唱」にももちろんその要素はあるんですが、そこからまたもう一歩踏み出して、喪失と対峙している。それが、すごく美しいと思ったんですね。これは湊さんの決意表明かもしれないと私には思えた、一番終わりのところに書かれている「宣言」のような文章が、本当にぐっときました。どんな形でこの小説が閉じられるんだろうと想像をいろいろ膨らませ「絶唱」を読み始めて、最後のページに辿り着いたときには、この話じゃないといけなかったんだ、締まらなかったに違いない。そんな風に思いました。
河井 実は僕も、最初に思い出した名言は、あそこに書かれている一文だったんです。小説の力と、苦しさや葛藤を経た上でその力を信じることに決めた「覚悟」が、あのラストには刻み込まれているような印象を受けました。
トンガで見つけた力
髙橋 自分が立ち直るためにも、誰かを立ち直らせるためにも、やっぱり相当なエネルギーが必要だと思うんですね。この小説の舞台のひとつとして、どうしてトンガが選ばれたんだろうと考えたときに、南の島が持つ特有のパワーが、再生の物語には適しているのかもしれない、と気づいたんです。これまで私が読んだことのある「再生」をテーマにした小説を思い浮かべてみても、「南」を舞台にしたものが多かったように思います。『絶唱』でも、トンガの自然や人間の温かさみたいなものが文章から伝わってきて、やっぱり南の国には、人間を成長させる力があるんだなと再認識しました。
勝間 バリとかハワイといった、行ったことのある人が多い島だと、イメージが湧きすぎますもんね。トンガだと、そんなこともないでしょうから、ちょうどいい。少なくとも、僕はどんなところなのか全然知りませんでした。
河井 ニュージーランドの近くにある島国、というくらいの知識しか僕もなかったです。
髙橋 トンガがどんなところなのか、読み終ったあとに調べました。セミシさんがラグビーをやっている、と作中に書かれてあって、調べた後に、トンガはラグビーが盛んな国だということを知って、なるほどと納得しました。
勝間 僕はトンガに行きたくなりましたね。知らないことばかりでしたけど、いつの間にかトンガが、楽園のように思えてきたんです。
河井 「死は悲しむべきものじゃない」という死生観も興味深かったです。日本とはまったく違いますよね。
勝間 クリスチャンの国だから、土葬をしていて、亡くなった後も、死者と話をするために教会にもきちんと祈りを捧げに通う。日本でお焼香をするのが当たり前なように、亡くなった人にキスもするんですよね。
河井 日本とトンガでは気候も違えば、文化も違う。でも人間の本質というか、変わらない何かもきっとあるんだなと思いました。『絶唱』の根底に流れているテーマのひとつには、「決別」があるように感じていたんです。決別したから、あるいは決別するために、トンガに向かった人たちが、ほんの少しかもしれないけれど、前に進む力をそこで得る。死生観も違えば生活の仕方も違う。でも共通する何かが、日本とトンガにあったからこそ、その力を得られたようにも思うんです。
怖さも。強さも、弱さも。
勝間 僕は湊さんの本をすべて読んできているんですが、抽象的な意味も含めて「島」を、顔を知っている人たちが暮らす世界を、上手に描いてこられたような気がしているんですね。
髙橋 湊さんの書くコージー的な、狭いコミュニティの中での人間ドラマはとても味わい深いなといつも思います。「学校」を舞台にしたものももちろんそうですし、「住宅街」なんかも、誰もが、あの人はこういう人だというイメージを持っている空間ですよね。
勝間 僕の母親も島の生まれなんですが、むかし実家に物を送るときに、住所をしっかりと書いてなくて。名前だけでも届くから、これで大丈夫なんだと言っていました。
河井 そのくらい、みんな顔見知りなんですね。
髙橋 人間観察を常にされているんだろうなと、作品を読むたびに思います。こんな局面に立ったときには、人間はこういう風に考えたり行動したりするんだろうなということが、リアリティのあるかたちで書かれているので。
勝間 そうなんです。読んでいると、人間は怖いな、と思ってしまうくらいに、現実味があるんですよね。でもその怖さも、確かに人間なら誰しも持っているかもしれないもので。
髙橋 『絶唱』でも、「約束」に出てくる宗一の弱さや、セミシさんみたいな強さなど、人間が持っているいいところも悪いところも惜しみなく表現してくれているような気がしました。
人生は続く
勝間 湊さんが実際に被災されたのかどうかは存じ上げませんが、震災の描写がものすごくリアルで、阪神・淡路大震災から、もう二十年が経ったんだなと、当時のことを思い出しました。僕はあのとき大阪に住んでいたんです。中学生でした。隣の家の壁がはがれていたり、学校へ行くと校庭にあった階段が折れていたり、といった被害はありました。でも、本の中にも書かれていますが、大阪と神戸では、全然被害の大きさが違ったと思います。テレビでもよく流れていた阪神高速道路が倒れているあの映像が衝撃的すぎて、非現実的な感じがずっとしていました。
河井 広島に住んでいて、それでも結構揺れたんですね。だから、神戸がどのくらい激しい揺れだったのかを想像するだけで、切ない気持ちになってしまいます。
勝間 炊き出しの描写にも胸が熱くなりました。杏子さんが自分の子どもに、ご飯は絶対残したらあかんときつく言い聞かせるのも、震災を体験し住んでいた家を失った人間の口から発せられた言葉なんだと思うと、重みを感じます。
髙橋 語り手の四人の女性たちもセミシさんも、内面は語られないけれどこの作品の重要な登場人物である尚美さんも、みんな阪神・淡路大震災で経験したり感じたりしたことが、トンガという島での体験によって昇華しているんですよね。すべてが描かれていないからこそ、余韻を感じるというか、余白に存在しているに違いない物語を想像してしまいます。
河井 僕も尚美さんとセミシさんがどうやって出会い、どんな風に暮らして、そして別れを迎えたのかは、とても気になります。
勝間 書かれてはいないけれど、湊さんが思い描いていたに違いない二人の話を空想するだけで楽しいですよね。
髙橋 確実に物語は美しい終わり方で閉じられているんだけど、またそこから新しいストーリーが始まっているような感じもするんですよね。ライフ・ゴーズ・オンというか、読者である私たちの人生が続いていくように、登場人物たちの人生も続いていくような気が。
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