インタビュー

2015年2月号掲載

『冷蔵庫を抱きしめて』刊行記念特集 インタビュー

僕らはみんな病んでいる

荻原浩

対象書籍名:『冷蔵庫を抱きしめて』
対象著者:荻原浩
対象書籍ISBN:978-4-10-123038-2

――『冷蔵庫を抱きしめて』は現代人の心の闇を描いた短編集ですが、テーマは最初から決めていたのですか。

 何も決めていません(笑)。それどころか、スタートとなった「エンドロールは最後まで」は、恋愛小説を短編でという依頼だったので、ならば苦手な三十代女性を主人公にしてみようと。書き終えたら手応えを感じることもできたので、次も「若い女性」でいってみようと! 読者の方にはいい迷惑かもしれませんが、修行のつもりだったので、最初はテーマより、誰を登場させるかを重視していました。とはいえ女性目線ばかりだと説得力に欠ける部分もあるでしょうから、そうはしませんでしたが、スタートは修行です。すみません。

 具体的にテーマが見えてきたのは、三作目に書いた表題作の「冷蔵庫を抱きしめて」です。新婚さんである主人公が夫との食の嗜好の違いに悩むお話ですが、結婚生活三十年のキャリアを持つ僕の経験からしても、その程度のことは時間が解決してしまうはずなので、主人公にはもっと何かあると、それを探っていったら、途中で彼女が吐いてしまった。そこで僕自身、この人の摂食障害に気づき、そういう展開になったわけですが、この時、カタカナで書くような「ビョーキ」を全体のテーマにしてみようと決意しました。ちょうど編集者に「あたりまえのことができない人シリーズですね」と言われたことにも後押しされました。最初に書いた作品の裏テーマは牛丼屋に一人で入れない女だったので。

――「カメレオンの地色」は捨てられない女が主人公ですが、取り上げるビョーキはどのように選んだのですか。

 鬱とか統合失調症ではなく、病気と診断されない程度のビョーキです。摂食障害は病院に行けば診断を下されますが、本人がその状態に気づかないケースもあるでしょうし、そういう誰にもある少し病んでいる行為の根っこを探りました。「それは言わない約束でしょう」で、主人公が「ぼくらはみんな 病んでいる」と替え歌を歌う場面があるのですが、まさにこれがメインテーマです。

――この作品もシュールで、主人公は接客の最中にそのお客様の悪口をぶつぶつ言っています。しかも無自覚で。

 KY的な言葉が市民権を得てから、「どこまで空気を読むか読まないか病」が世の中に発症してしまった気がしていて、ではある日突然、空気を読む力が欠けてしまったらどうなるのかなと。言ってはいけないことも言い続けてしまうのではないかなと、そしてあのような人が誕生しました。

――なるほど。ちなみに私は「マスク」を読んで、マスク依存症という病気を初めて知りました。

 マスク依存症は、一度つけてしまうとその心地よさに酔ってしまうらしいですよ。顔をみられることが苦痛なんて、まさに自意識過剰の果てですよね。顔つながりでいうと、「顔も見たくないのに」は、フェイスブックの登場によって昔の恋人の近況を簡単に知ることができるようになり、電波ストーカーが多くなってしまった現代で、その究極の形を書いてみたくて生まれた作品です。元恋人がお笑い芸人になってしまって、四六時中、TVや広告でみたくもない顔をみなくてはならなくなった女性を描きました。苦痛ですよねぇ。僕は嫌です。

――私も嫌です。それにしても軽くない問題を扱っているのに、どの作品も未来への展望を感じさせます。特にDV男に悩む「ヒット・アンド・アウェイ」は、実際に被害に遭っている女性が読んだら瞠目するような解決法ですよね。

 本当に本気で解決策を考えました。そして、そういう風に繰り返し同じようなタイプを好きになってしまうのならば、話し合いではなく、被害者がそういう人間より強くなる、そして強い後ろ盾を持つのはどうだろうかと。ラストシーンを書いている時は、脳内で『ロッキー』のテーマが流れていました。ちなみに、「アナザーフェイス」のラストは怖いですよ。

――この作品集を手がけて、変化はありましたか?

 若い女の子を書けない病は、少し克服できたかな。けど、まだまだ発展途上だと思っているので、あらゆる世代、性別を書けるようになりたいです。あと牛丼屋にはふつうに一人で行けるのですが、一人でお酒を飲みに行けないので、今度、チャレンジしてみようと思います。

 (おぎわら・ひろし 作家)

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