書評

2015年2月号掲載

異なる文体と色調を操る新鋭のデビュー作

――彩藤アザミ『サナキの森』

宇田川拓也

対象書籍名:『サナキの森』
対象著者:彩藤アザミ
対象書籍ISBN:978-4-10-338011-5

 応募作のぎっしり詰まった箱を開け、二次選考にあげる作品を選ぼうと順に読み進めていくと、「手羽崎(てばさき)ささみ」という名前が目に飛び込んできて、仰け反ってしまった。
 ペンネームのインパクト勝負なら大賞決定――などと苦笑しつつ、『サナキの森』と題された原稿に目を通してみると、いやいやどうして、気がつけば仰け反ったことも苦笑したこともすっかり忘れ、二次選考へと送り出していた。
 このたび新潮社が、伊坂幸太郎、貴志祐介、道尾秀介という大人気作家三氏を選考委員に迎え、新たに立ち上げたミステリー新人賞――新潮ミステリー大賞。応募総数二百四十八篇のなかから、栄えある第一回受賞作に選ばれたのが、その“手羽崎ささみ”改め彩藤(さいどう)アザミ『サナキの森』である(「受賞のことば」によると、受賞決定の連絡を受けた際、やはり「何だか大変なことになってしまった。変な名前で送るんじゃなかった」と真っ先に思ったそうだ)。
 一か月前に中学校教師の職を辞し、実家暮らしで本と漫画とCDにどっぷりな二十七歳のオタク女子――荊庭紅(いばらばこう)は、ある夏の昼、百歳を超えた明治生まれの祖父が入院先で息を引き取ったことを知らされる。後日、戦前から「在庭冷奴(あらばれいど)」のペンネームで売れない猟奇小説を書いていた祖父の書斎を片づけていると、『サナキの森』なる著書の間から祖父が自分に宛てた手紙を発見する。そこには、遠野の外れにある佐代村へ行き、神社の祠に隠してある“べっこうの帯留め”を探し出して、墓へ供えに来て欲しいと綴られていた……。
 タイトルにある“サナキ”とは、こうして紅が向かうことになる佐代村に伝わる、身体を逆袈裟にちぎられた怪女のことだ。そして『サナキの森』とは、在庭冷奴がこの話をモチーフに書き上げ、戦後に出版した取材譚である。物語は、この『サナキの森』の内容と紅の行動を交互に描き、八十年前に村で起きた不可解な密室殺人の謎へと迫っていくのだが、まず驚かされるのがこれらふたつのパートの文体と色調の大きな相違である。
 前者では、「風の仕業。」と片附けてしまふのは些か外連味に缺けるだらう――といった具合に旧かなを駆使し、三津田信三作品を彷彿とさせるような濃密な怪異と情念の世界が見事に表現されている。その出来栄えは選考委員各氏も、「文章に非常に自覚的な作品で、作品世界を作ろう、という意識を感じました。(略)作中作も雰囲気があり、よく書けるものだと感心」(伊坂幸太郎・評)、「作中作『サナキの森』は、怪奇趣味が横溢する短編であり、タイトルの意味が明らかになったときは、思わずぞっとさせられる」(貴志祐介・評)、「文体にはとてもセンスがある。(略)とくに主人公の祖父が書いた小説の文章や、その世界観は素晴らしかった」(道尾秀介・評)と高く評価するほどだ。
 いっぽう後者では、ライトノベルやキャラクター小説を意識した文体が用いられ、例えば、のちに紅と行動をともにする中学生――東条泪子(るいこ)との会話など、「行きますか、陰惨な森のひそやかな社」、「は? 何それ。ダンジョン?」というような、思わず笑いが込み上げてしまうライトぶりなのである。これほど作中に広い振り幅を設けたデビュー作は、記憶を探ってみてもなかなか浮かんでこない。
 しかも、驚くのはこれだけではない。彩藤アザミは、さらに紅が学生時代から想いを寄せ続ける画塾の師――“陣野せんせー”を登場させ、大人になり切れない大人の悩ましい恋心を、そうしたライトな世界観に繊細な手つきで色づけしていく。そして密室殺人のロジカルな解明を経て、『サナキの森』に隠された真実と紅の恋の行方が明らかにされるとき、文体も色調もまったく違うふたつの線がいったいどのように収斂するのかは、ぜひその目でお確かめいただきたい。単行本化にあたり応募時の原稿に磨きが掛けられ、ミステリーとしての輝きがいっそう増していることも、ご報告しておこう。
 最後に情報を。「小説新潮」二月号には、蝶の標本をテーマにした受賞後第一作となる新作短編が掲載されているとのこと。センスあふれる文章を変幻自在に操り、これからのミステリーシーンをどのように彩り、染め上げてくれるのか。新鋭の大きな活躍に期待が募る。

 (うだがわ・たくや 書店員/ときわ書房本店)

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