書評

2015年2月号掲載

マーケティングは文化人類学である

辻中俊樹・櫻井光行『マーケティングの嘘 団塊シニアと子育てママの真実』

櫻井光行

対象書籍名:『マーケティングの嘘 団塊シニアと子育てママの真実』
対象著者:辻中俊樹/櫻井光行
対象書籍ISBN:978-4-10-610604-0

 モノは安くしないと売れないし、広告もなかなか効かない、そんな大変な時代である。「今こそマーケティングの出番だ」とマーケティングプランナー歴三〇年の私は言ってみる。
 そもそもマーケティングとは何か? 営業のことか、広告のことか。その定義は無数にあるけれど、私が気に入っているのは経営の神様と言われたドラッカーの定義である。「究極のマーケティングとはセリング(販売)を不要にすることだ」。
 セリングとは顧客に商品を売り込むことである。もちろん企業にとって、セリングが重要であるのは言うまでもない。それならば、なぜドラッカーはセリングを不要にすると言ったのか? それはセリングの前提に「売れる仕組みを作る」必要があることを示したかったからだ。マーケティングとは売れる仕組みを作ることなのだ。
 売れる仕組みを作るためには、何よりも顧客のニーズを把握することが大切である。それに基づいて商品やサービスが開発され、広告や販売のやり方が考えられる。そして、顧客のニーズを知るために行なわれるのが定量調査(アンケート)である。ところが、この定量調査がマーケティングにさまざまな問題を引き起こしている。
 定量調査の最大の限界は、調査する側のわかっていることしか質問できないことだ。もう少し正確に言えば、顧客はこんな生活をしていて、こんな商品を欲しがっているはずだという「仮説」を検証することしかできない。「仮説」と言えば、もっともらしく聞こえるが、これが往々にして企業の「思い込み」であることが少なくない。たとえば、「シニアが散歩を好きなのは健康のため」「若い主婦は包丁を持っていないから、手抜き料理ばかり」などだ。
 私たちに言わせれば、これらは「マーケティングの嘘」である。リタイアした男性にアンケートで趣味を聞けば、「散歩」と答える人は多いだろう。散歩が好きな理由を聞けば、「健康のため」に○印がつくだろう。こうして「マーケティングの嘘」はまかり通ることになる。嘘に基づいて考えられたマーケティングでは売れるわけがないのは当然の帰結である。
 それでは「真実」に気づくためにはどうすればよいのか? その回答が、顧客に一週間の日記をつけてもらう「生活日記調査」という手法である。
 実は日記調査のルーツは文化人類学にある。文化人類学者は異文化の部族と共に生活し、民族誌(エスノグラフィー)を記録する。生活行動を丸ごと捉えることで初めて、異文化の生活の意味が理解できるという考え方がそこにはある。顧客はもちろん異文化の部族ではない。言葉も通じるだろう。しかし、「わかったつもり」が一番いけない。
 本当は顧客と一緒に暮らせればよいのだが、そうも行かない。そこで、私たちは日記を通じて、マーケティング人類学者として真実を探索するのだ。その探索の結果は、本書でお読み頂ければ幸いである。

 (さくらい・みつゆき マーケティングプランナー)

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