書評
2015年3月号掲載
絶海の孤島の秘密
――仙川環(たまき)『隔離島 フェーズ0(ゼロ)』(新潮文庫)
対象書籍名:『隔離島 フェーズ0』(新潮文庫)
対象著者:仙川環
対象書籍ISBN:978-4-10-126831-6
昨年の七月三一日、厚生労働省が平成二五年の簡易生命表の概況を発表した。それによると日本人の平均寿命は、男性が八〇・二一歳、女性が八六・六一歳。男性の平均寿命がはじめて八〇歳を超えたことで話題となった。
昭和二二年、戦後初めて発表された平均寿命は男性が五〇・〇六歳、女性が五三・九六歳であった。今年は終戦から七〇年。この間で男女とも寿命を三〇歳以上伸ばしたことになる。医学の進歩や栄養状態の改善など、様々な理由はあるにせよ、現代の日本は「長生き」という目標を達成したと思う。老齢化社会が取りざたされ大問題のように騒がれているが、我が国の医療は病気を治し、長寿になることを目指し研究を重ねてきた。
病気の原因を探る、地味な疫学調査などその最たるものである。例えば、福岡市に隣接する小さな町、久山町で生活習慣病を五十年にもわたって継続的に調査した結果、脳卒中の原因究明だけでなく、糖尿病ががんやアルツハイマー病のリスクを高めることを明らかにした。世界に例のない長期調査の解析が、日本人の寿命を飛躍的に伸ばした一因でもある。
『隔離島 フェーズ0』の舞台になるのは、伊豆半島の南端から、南西の方向、直線距離にしておよそ百キロの位置にある通島(つしま)という孤島である。曲玉のような形をした島の全周は十四キロ。面積は大島の五分の一以下の小さな島だ。
ここに赴任してきた若き女医の一ノ瀬希世(きよ)は診療所を預かるたった一人の医師。希世の母はこの島の出身だが、四十年前、中学卒業と同時に、家出同然で島を出たという。その十五年後に、祖母も母を頼って島を離れたため、希世に馴染みのない場所であった。
あるとき、通島村役場から実家に連絡があり、前任の医師の急逝のため無医村になってしまったため、来てほしいという。極端によそ者を嫌うという土地柄なため、わずかでも所縁のある人間に頼みたい。都会での診療に疲れていた希世は、「必要以上に薬に頼らない」という自分の理想の医療を実現できるかもしれない、とこの島にやってきた。
村役場が十五年ほど前から始めた「ぴんぴんころり運動」は朝の体操、身体に良い食事、適度に身体を動かすことでお迎えが来る間際まで元気に過ごそうというもので、確かに成果は上がっているようだ。
血圧計と体脂肪計は各戸に無償で配布され、測定データは自動的にネットで役場のデータベースに送られる。このデータベースと診療所にある電子カルテシステムを付き合わせることで島民の健康状態がわかる仕組みだ。一連のシステムは総合医療企業のキタムラメディカルから提供され、島民各人の希望に合わせて成分を調整された健康ジュースが個人に支給される。キタムラメディカルは新薬開発のため、このデータの長期的な解析を行っていた。
希世と看護師の東信子(ひがしのぶこ)のふたりは、訪問診療と健康相談会などをこなし、日々は穏やかに過ぎていく。
通島は御三家(ござんけ)とよばれる血筋がしきっている。村長と住職である泉沢(いずみさわ)、島北部の椿農家を束ねる東、水産関係の元締めである湊(みなと)。本家と分家のあり方も厳密に決められていた。
一見平和に見えるこの島が、違う顔を見せたのは、希世の高校時代の友人で新聞記者の本宮春美が、ぴんぴんころり運動を取材させてほしいと依頼してきてからだ。彼女は何かをつかんだらしい。島に来ると言ったきり情報が途絶えた。いくつかの目撃証言から、春美が自殺したのではないか、という場所が特定できた。前後して、老人たちの突然死が起こる。専門医がいる病院で診断を受けるよう、移送しようとした矢先の出来事であった。希世の胸に疑惑が湧き上がる。
島特有の閉鎖された儀式、自然死とは思えない突然死、希世の母や祖母が島を出た理由、そしてキタムラメディカルの狙い。絶海の孤島で繰り広げられる陰謀を暴こうとする、孤立無援の希世に知らされたこの島の秘密とは何か。
逃げ場のない島という密室で起こった殺人事件の背景には、医療の最先端に立つ野望のために、利用された因習が潜んでいた。医学は人類の幸せのためにある。そのことを改めて考えさせられた一冊であった。
(あずま・えりか 書評家)