書評

2015年3月号掲載

ふつふつとわき上がる「完乗」への野望

――今尾恵介監修『日本鉄道旅行地図帳 増結 乗りつぶしノート 第3列車』(新潮「旅」ムック)

梯久美子

対象書籍名:『日本鉄道旅行地図帳 増結 乗りつぶしノート 第3列車』(新潮「旅」ムック)
対象著者:今尾恵介監修
対象書籍ISBN:978-4-10-790240-5

 ちょうど物心がつくころ、引越しのため九州から北海道まで鉄道で縦断した経験が刷り込まれているのか、現在も鉄道旅をこよなく愛する私だが、全国すべての鉄道路線を乗りつぶす目標を持つほどのマニアではない。
 しかし、このたび二度目の改訂版(「第3列車」)が刊行された「日本鉄道旅行地図帳 増結 乗りつぶしノート」を開き、赤ペン片手にこれまで乗った路線を塗っていく作業をしていると、九州地区だけでも完乗したい! という野望が湧いてきた。乗車した路線をすべて塗ってみた結果、もっとも多く乗っているのが九州で、ここに限れば完乗の可能性があることが判明したのだ。にわかに胸がざわつき、目の前の締め切りを放擲して、時刻表の検索などを始めてしまった。うーん、これはなかなか危険な一冊でもある。
 さらに私は「乗り鉄」であると同時に「歩鉄」でもある。「歩鉄」とは、鉄道ファンの中でも、廃線跡を歩くことを趣味とする人たちのこと。橋脚だけが残る橋梁や、草に埋もれたホーム跡など、遺構を探す面白さもあり、これまで北海道から九州まで約60か所の廃線跡を歩いてきた。この「乗りつぶしノート」には、現役の路線だけでなく、廃線になった路線もすべて載っている。つまり、「乗った」路線だけでなく、「歩いた」路線も塗ることができるのだ。
 塗りつぶし式の鉄道本をこれまでにも何冊か買ったことがあるが、廃線まで網羅しているものはこれが初めてで、しかも現役線と同じ地図上に描かれている。思うにこれは歩鉄のためだけでなく、乗り鉄の人々が、過去に乗ったが今はなくなってしまった路線についても記録できるようにというコンセプトからだろう。
 これは鉄道好きにとっては画期的なことで、ある程度年季の入った鉄道ファンなら、今はなき路線を塗りつぶしながら、なつかしい記憶がよみがえるに違いない(ちなみに私の場合、現役線は赤インク、廃線のうち現役時代に乗った路線は青インク、廃線後に歩いた路線は緑のインクと使い分けている)。
 この「乗りつぶしノート」のもとになっているのは、2008年5月に刊行がスタートした「日本鉄道旅行地図帳」である。第1号の北海道編を書店で開いてみたときの衝撃をいまも覚えている。
「これはホンモノの“地図帳”じゃないか!」
 書名に地図帳とあるんだからそりゃあ地図帳だろう、と鉄道ファン以外の人は思うかもしれない。しかし、ちゃんとした日本地図(正確な縮尺の地形図)の上に、すべての鉄道路線と駅の位置を忠実に配置した鉄道地図というのは、それまで存在しなかった。あったのはあくまでも路線図で、あれは本来、地図と呼んではいけないものなのである。
 鉄道と地図は切っても切れない関係で、鉄道ファンは基本的にみな地図好きである。私もその例にもれず、子供のころ、暇なときはいつも社会科教材の地図帳を開いてぼーっと眺めていた。大人になってもそれは続き、30代のころ、女友達と眠れないときは何をするかという話になったとき、地図を眺めると答えて驚愕されたことがある。地図が好きな女がこの世に存在することが信じられないようで、「あんたが結婚できない理由がわかった気がする」とまで言われた。
 そんな私が長年不満だったのは、鉄道旅に持っていくのに適した地図がないことだったが、そこへこの「日本鉄道旅行地図帳」が登場したのだ。もちろん全国すべての廃線が掲載されていて、廃線歩きにも重宝した。
 そこから生まれたのが、書き込み式の「乗りつぶしノート」で、正縮尺の地図上に、全線、全駅、全廃線を網羅してある。最初の刊行は2009年で、その後2012年に東北新幹線八戸~新青森間や九州新幹線の開通、東日本大震災による休止路線などを反映した改訂版が出た。
 約3年ぶりの改訂となる今回は、北陸新幹線の開通などを受けた最新版で、三陸鉄道やJR仙石線、石巻線の不通区間の復旧も反映されている。すべての鉄道は、大地に歴史を刻んで走る。このシリーズが、更新されていく鉄道の歴史を目の当たりにすることができる、同時代の貴重な記録でもあることを付け加えておきたい。

 (かけはし・くみこ 作家)

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