書評
2015年4月号掲載
『黄泉眠る森 醍醐真司の博覧推理ファイル』刊行記念特集
博覧強記の編集者と追う創作の深奥
――長崎尚志『黄泉眠る森 醍醐真司の博覧推理ファイル』
対象書籍名:『黄泉眠る森 醍醐真司の博覧推理ファイル』
対象著者:長崎尚志
対象書籍ISBN:978-4-10-126852-1
ミステリに登場する探偵役の職業というと、私立探偵か警察官が大部分だろうが、学者・宗教家・小説家・フリーライター・官僚・俳優・医師・写真家・落語家・占い師等々が探偵役という例もあり、実は世の中の殆どの職業は探偵役になったことがあるのではないかという気がする。しかし、よく考えると、編集者が探偵役という例はあまり思い浮かばない。黒子というイメージが強いからだろうか。
例外的に、編集者かつ名探偵として印象的なのが、長崎尚志の「醍醐真司の博覧推理ファイル」シリーズに登場するフリーのマンガ編集者、醍醐真司だ。幅広い分野の知識を持ち、編集者としての敏腕ぶりは折り紙つき。ただし傍若無人にして狷介、美食家にして大食漢、体重は三桁と推定される巨漢……という、なかなか強烈なキャラクターである(四月にWOWOWでドラマ化されるシリーズ第一作『闇の伴走者』では古田新太が醍醐を演じるようで、まさにイメージぴったりと言える)。その『闇の伴走者』は、大物マンガ家の未発表画稿に秘められた謎と連続失踪事件の真相に醍醐が迫るスリリングなミステリだった。
『黄泉眠る森』は、このシリーズの第二作にあたる。第一話「消えたマンガ家」では、醍醐が他人からはどう見えるかが、かつて彼が籍を置いていた英人社の若手編集者・安田の視点から描かれる。安田が担当するホラーマンガ家・椋洸介が「もう原稿を描くことができません」というメールを残して失踪した。編集長に相談したところ、かつて椋を他誌からスカウトしてきた醍醐に協力してもらって探し出せ……という指示を受ける。初めて会った醍醐はおよそ好感など持てそうにない男だった。だが、醍醐は椋のデビュー作を読むよう安田に助言する。その作品にはどうやら、椋の実体験が反映されているようだった……。マンガの原稿の内容を手掛かりとする推理が楽しめると同時に、若手編集者を先輩として醍醐が指導する物語でもある。
続く第二話「邪馬台国の女帝」では一転して醍醐の視点から、「女帝」と綽名されるわがままな性格の朝倉ハルナの取材旅行にレクチャー役として同行した顛末が描かれる。また第三話「天国か地獄か」は、醍醐が知り合った映画好きの少年の父の死をめぐるエピソード。第二話では古代史、第三話では映画のトリヴィアと、醍醐の知識がカバーしている分野はとどまるところを知らない。しかも、彼は単に知識を蓄え込んでいるのではなく、邪馬台国の所在地や卑弥呼の正体についての推理、アルフレッド・ヒッチコックとウィリアム・キャッスルの影響関係に関する仮説など、それぞれの分野で独自の見識を展開してみせるのだ。
ここまでの三話はそれぞれ独立したエピソードだったけれども、最後の第四話「闇の少年」では、第一話に登場した椋洸介をめぐる一件が再浮上し、実は本書全体がひとつの長篇としても読めるようになっている。自らの原体験に直結しているらしい、少年の遺骨の発見を気にしている椋。その出身地である福岡に、醍醐は椋と一緒に向かったが、椋の様子はどこかおかしい。彼は醍醐に何かを隠しているのか、そして彼の過去に何があったのか?
副題に「醍醐真司の博覧推理ファイル」とあるように、多岐に亘る主人公の博覧強記ぶりと、それに基づいて繰り広げられる推理も興味深いが、最大の読みどころは、マンガ家の心理への肉薄と、マンガ家と二人三脚で作品を創り上げてゆく編集者の役割の描写だろう。マンガ家が駄目になる理由は何か、マンガ家に向いていない性格とは……といった醍醐の指摘は、さまざまなペンネームを使い分けてマンガの原作を執筆し、更にマンガ雑誌の編集者でもあった著者ならではの説得力を感じさせる。そして、同情の余地のある悪人は見逃すべきかどうかという命題を通して、そもそもマンガの正道とは何か、かつて軽んじられていたマンガが今まで生き残ってこられたのは何故なのかというテーマにまで達しているのだ。これはマンガに限らず、創作という営為全般の深奥に達した洞察かも知れない。ミステリ好きのみならず、創作の背景に関心のある方なら必読の一冊である。
(せんがい・あきゆき ミステリ評論家)