書評・エッセイ

2015年5月号掲載

『孫物語』刊行記念特集

縦糸と横糸の妙技

――椎名誠『孫物語』

鳥越俊太郎

対象書籍名:『孫物語』
対象著者:椎名誠
対象書籍ISBN:978-4-10-345623-0

 実は先日私は二女夫婦と孫、そしてわが夫婦の五人でハワイに行って来た。ハワイではホテル暮らしではなく、友人の所有するコンドミニアムを借りての日々だったので安上がりだったが、最大の利点はわが唯一人の孫と合宿状況で暮らせることだった。
 日本を出て来るまでに椎名誠さんの著書『孫物語』のゲラを読んでいた。本欄に書評を書く、という“任務”を負ってのハワイ旅行だったのだが、そのせいか殊更、私の孫――椎名さんの場合は「本人の了承を得ていないので」別の名前で書いてあるが――りう君(本名)の一挙手一投足が気になって仕方がなかった。
 椎名さんの場合は長男の子供たち三人で、上から波太郎(長男)、小海(長女)、流(二男)の、椎名流で言うと「三匹の孫たち」との数年に亘る交流がメインのテーマとなっている。
 椎名さんも著書の中で度々触れられているが、孫を見ていると時間の流れの速さにあっと驚かされることがしばしばある。
 私の場合、ハワイでの合宿状況の中で、ちょっとでも何も予定がなくぶらぶらしていると、りうが素っ飛んで来てせがむ。
「ねぇ、ねぇ、おじいちゃまぁ、しり取りしよう!」
 今から考えると、ハワイでの生活の中で印象的だったのは観光ツアーでもなく、アラモアナショッピングセンターでの買い物やフードコートや白木屋、はたまたごま亭でのラーメンでもなく、紛れもなく、このしり取りの作業だった。しり取りをしていて気がついたのはりうが想定外の言葉を繰り出してくる瞬間だった。
「えっ? どうしてそんな言葉知ってるの?」
 大人の周囲を巡っている時間はそれなりにゆったりしている部分もあるのだが、子供の成長という時間の経過にはいつも驚かされる。
 椎名さんの最年長の孫、波太郎君は父親(椎名さんの長男)の住んでいるサンフランシスコで生まれた。暫くシスコで暮らした後、幼少時、長女の小海ちゃんともども日本にやって来た。成田空港から都内の自宅へ戻るときの様子がこう描かれている。
「一時間ほどしてレインボーブリッジを渡った。
『おい、波に海、これは日本のベイブリッジなんだぞ』
 ぼくは言った。
『そうかなあ。サンコンカンのベイブリブリッジはもっと大きいよ。柱の高さが』
 波君はまだサンフランシスコといえずサンコンカンになってしまう」
 そういうサンフランシスコが満足に言えなかった波太郎君も日本で暮らす内に読書好きの少年に成長し、本の終りの方では北海道にある椎名さんの別荘で、
「少年はこの山の上の星々の多さに驚き、天体望遠鏡を持ってくればよかった、としきりに悔やんでいたのだ」
 斯くして日本にやって来た“三匹の孫たち”の成長ぶりをじっと見詰めるじいじい(椎名さん)の観察眼も読んでいて楽しいし、孫たちが繰り広げる子供らしいエピソードの数々も面白い。その意味でこの本は題名通り『孫物語』であることは間違いないし、それが本書の縦糸になっていることは確かである。
 しかし、実はこの本には数多くの横糸のエピソードが隠し味となって秘められていて、それらが読後感に豊饒な思いをもたらしてくれるのだ。
 それは椎名誠の人生そのものであり、世界中の秘境を冒険という名で渉猟したエピソードの数々である。はたまた作者が若い頃、さしたる理由もないのに街で知らないチンピラなどとストリートファイトを繰り広げ、あげくには現場を見た人に警察に通報され逮捕されてしまう武勇伝だったりする。
 やはり、この本の横糸で読んでいて楽しいのは、世界中を渡り歩いて来た作者の文明観や人間観が本書の随所にちりばめられていることだろう。世界を見る眼は当然ながら比較文化論として日本の歴史や文化を椎名誠の眼ですくい上げている。つまりは日本の文明批評にもなっている。
「モンスタートイレ」という章を例にあげておこう。波太郎君五歳の折の言葉だ。
「じいじいの家のトイレにはモンスターがいる」。日本のハイテクトイレのことだ。
「ぼくは日本の『異文化性』のひとつを知ったように思った。しかも自宅で知ったのだ」

 (とりごえ・しゅんたろう ジャーナリスト)

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