書評
2015年7月号掲載
奇蹟のゴルフミステリー
――河合莞爾『救済のゲーム』
対象書籍名:『救済のゲーム』
対象著者:河合莞爾
対象書籍ISBN:978-4-10-339351-1
あなたはゴルフが好きですかと問われてYESと答える人の多くは中高年の会社員なのではあるまいか。
そのココロは、「日本では全般的にプレイ代、会員権などの費用が高額」で「純粋にスポーツとして楽しむというよりも、主に業務での取引先企業などの接待が絡んだゴルフのプレイも数多く行われる」(『Wikipedia』概説)から。
紳士のスポーツならぬ、会社員、それもそれなりに金や地位のある人のスポーツ、それが日本のゴルフというわけだ。
スコットランド発祥といわれるゴルフがイギリスで人気を得たのは日本でいえば明治時代の後半。程なく日本にも伝わり、一九〇一年(明治三四年)には英国人実業家により神戸・六甲山にゴルフコースが作られ、一三年(大正二年)には日本人による東京ゴルフ倶楽部も創設されている。以後各地でゴルフコースの建設が進み、五七年(昭和三二年)には日本プロゴルフ協会が設立され、国別対抗戦のカナダカップ(現ワールドカップ)で小野光一と中村寅吉の日本ペアが団体優勝、テレビ中継も始まり、第一次ゴルフブームが訪れる。
わが国でも順調に普及してきたゴルフではあるけれど、その意義や精神はとなると、ちょっと置き去りにされてきた感なきにしもあらず。そこで、ゴルフ本来の精神、楽しみかたを再確認する意味でも一読をお奨めしたいのが本書である。
といっても、説教臭い話では全然ない。
何と海外を舞台にしたゴルフ小説であると同時に、名探偵が猟奇殺人の謎に挑む謎解きミステリーでもあるのだ!
アメリカ・カリフォルニア州にあるヨセミテ国立公園。その一角にあるホーリーパインヒル・ゴルフコースで開かれた全米プロゴルフ選手権では、英雄ニック・ロビンソンが優勝を目前にしていた。彼は残り一ホールで単独首位を走っていたが、迎えた最終一八番ホールでピンチを迎える。第一打を林に打ち込んだのだ。そこには、かつて騎兵隊による先住民の虐殺が行われたという不吉な言い伝えが残る伝説の大樹「神の木」がそびえ立っていた。ロビンソンとキャディーのトニー・ライアンはその窮地を何とかしのいで優勝を勝ち取るものの、ロビンソンはそれを機に引退する……。
翌年、同じ場所で開催された全米オープンに、予選をトップ通過した日系三世の新人選手ジャック・アキラ・グリーンフィールドとキャディーのティム・ブルースが挑もうとしていた。ジャックはハーバードで“進化心理学”を専攻、独自のゴルフ理論と卓抜した技術を併せ持つ異色の天才だったが、大会当日の朝、異変が起きる。いわくつきの一八番ホールで旗竿(ピンフラッグ)に体を貫かれた男の死体が発見されたのである。
著者はゴルフのルール等の基本を特に説明せずに話を進めていくが、肝心なところは随時わかりやすく説かれているし、ゴルフを知らない人でも話の流れに乗っていけるはず。むろん説明をさぼっているのではなく、ドラマの細部に無理なく溶かし込まれているからで、本書を読めば、ゴルフがなぜ一八ホールで争われるのかにも納得いくはずだ。
それは殺人趣向にも貫かれている。単なる残虐な事件ではなく、その背景にはゴルファー魂と人間心理が綾なす感動のドラマが織り込まれているのである。また、ホームズ&ワトソン役のふたりを始め主要人物は架空だが、ニック・ロビンソンのモデルはジャック・ニクラウスだろうし、他にもあの有名選手がモデルなのではと思わせるキャラが続々と登場する(日本の石川遼や松山英樹らしき選手も)。文字通り、いろいろな角度からゴルフが楽しめる/学べる一冊といえよう。
著者は本格仕掛けの捜査小説『デッドマン』で第三二回横溝正史ミステリ大賞を受賞してデビュー後、湾岸のカジノ特区を背景にした近未来捜査ものや落語ミステリーなど独自の作風を開拓している。本書もまた、そうしたアグレッシブな開拓精神の賜物だろう。ジャック&ティムの活躍も、シリーズ展開が望まれる。
(かやま・ふみろう コラムニスト)