書評

2015年7月号掲載

日本史上最大の危機にどう立ち向かうか

――一般財団法人 日本再建イニシアティブ
『人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃 人口問題民間臨調 調査・報告書』

船橋洋一

対象書籍名:『人口蒸発「5000万人国家」日本の衝撃 人口問題民間臨調 調査・報告書』
対象著者:一般財団法人 日本再建イニシアティブ
対象書籍ISBN:978-4-10-333732-4

 およそありとあらゆる政策課題の中で、頭では分かっていても、行動がついていかない問題ほど厄介なものはない。
 それも、行動しない場合の結果が大方予測できるのに、決断できない事柄ほど面倒なものはない。
 なぜなら、そうした場合、行動を決断したときは時すでに遅しの状況になるし、いまさらやっても間に合わないという諦観と悲観主義が支配する可能性が強いからである。
 人口問題がまさにその典型である。
 このまま、いまの出生率(合計特殊出生率)が続けば、100年前にほぼ5千万人だった日本の人口は、今世紀末には同じ5千万人に縮小する。それも、明治時代のように若者が満ち溢れていた国ではなく、高齢化率が40%に達する、老いた5千万人国家である。
 日本政府が人口減少を政策課題としたのは、1992年の国民生活白書で少子化という言葉を用いて、問題提起したのが最初である。
 しかし、厚生省(現・厚生労働省)はその後も将来人口推計では出生率が回復するという予測を出し続けた。団塊ジュニアによる人口の下支え効果を期待してのことだった。
 この状況認識の甘さが、最初のつまずきである。
 2003年、政府は「少子化社会対策基本法」を制定し、「有史以来の未曾有の事態」(前文)である少子化に総合的に取り組む姿勢をみせたが、人口減少そのものについての取り組みはなおも及び腰にとどまった。
 この間、バブル崩壊と金融破綻による経済の悪化、雇用基盤の流動化(非正規雇用化)が、結婚し子どもを産み育てるべき若者層を直撃した。いずれは結婚することが期待された「晩婚化」は、気が付けば「非婚化」へと変質していた。
 一方、この時期でも、社会保障の主要課題は、年金、医療、介護を軸に高齢化問題が優先され、少子化問題は背景にかすんだ。政府も経済界も労働界も、若者層より高齢者の雇用・生活を優先し、有効な若者支援に全力を注がなかった。
 安倍政権は、「これまでの少子化対策の延長線上にない政策を検討する」(「経済財政運営と改革の基本方針2014について」2014年6月閣議決定)と宣言し、内閣官房に「まち・ひと・しごと」創生本部をつくり、人口問題に取り組む姿勢をみせている。それでも、2015年の統一地方選挙が終われば、「まち・ひと・しごと」創生もお役御免のような状態である。財源の裏付けのある効果的な人口政策の輪郭はなお現れていない。
 人口問題の恐ろしさは、人口問題で終わらないことである。このまま人口減少を放置し、生産性も向上しない場合、2040年以降、年平均マイナス0・1%程度の低成長に陥るとの試算もある。そうなれば、生活インフラは崩壊する。そうした「負の連鎖」がすでに始まっている。
 人口は、国民生活と国家の依って立つ基である。国力であり、国勢である。
 人口問題を、21世紀の日本の最大の国家的課題として位置づけなければならない。
 独立系シンクタンク、日本再建イニシアティブは、そうした問題意識に立って、人口問題を真っ正面から取り上げることとし、2014年4月、人口問題民間臨調を立ち上げた。豊橋技術科学大学の大西隆学長はじめ7人の有識者の方々に民間臨調委員に就任していただいた。その後、1年間、政府の政策責任者をはじめ多くの専門家の方々にヒアリングを行い、カンカンガクガクの討議を経て、報告書をまとめた。
 その成果が本書である。
 人口問題に取り組むに当たって、大変だ、大変だ、と警鐘を鳴らす前に、なぜ、日本では人口政策は失敗したのか。その原因を究明することを心掛けた。
 その上で、40以上の政策提言を行った。
 それは人口減少を食い止める「緩和」策と人口減少に合わせ、それを逆用する形の「適応」策の二正面作戦となる。
 子どもの誕生は、人間一人一人の最も奥深いプライバシーに関わる事柄である。人口問題は、政府が号令をかけて取り組むべき問題ではない。
 国民一人一人が将来の世代と日本の未来の形成にどのように貢献するのか、という夢と覚悟の領域の課題である。
 この報告書が、市民一人一人のそのようなビジョンと参画への一助になれば幸いである。

 (ふなばし・よういち 一般財団法人 日本再建イニシアティブ理事長)

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