書評

2015年9月号掲載

教え子に読ませたい一冊

――御手洗瑞子『気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社』

三宅秀道

対象書籍名:『気仙沼ニッティング物語 いいものを編む会社』
対象著者:御手洗瑞子
対象書籍ISBN:978-4-10-332012-8

 ベンチャーの商品開発を研究している私は、2014年の2月に気仙沼で本書の著者、御手洗瑞子さんに会った。超高級手編みセーターの会社の立ち上げに奮闘している、その現場の話を聞けるなら私だけではもったいないと、東北出身の教え子も連れて行った。
 教え子は故郷の復興に貢献できないかとずっと悩んでいたが、就活シーズンに入って、故郷の町おこしNPOに就職すると言い出した。すぐにも復興に貢献し、なにかはしようと決意していたのである。だが、震災直後ならばボランティアは貢献できるだろうが、いつまでもその段階ではない。その後は地域の産業を繁栄させることが課題になる。そのためにまずは営利事業を経験しなさいと私は水を差したが、てんで聞く耳を持たなかった。
 地方で事業を興すとしたら、もちろん主役は土地の人たちになるが、それをビジネスとして成り立たせるには、よほどの舞台監督がいないといけないし、そういう人材が地元にいるとは限らない。気仙沼ニッティングの場合は編み手さんたちが主役だが、デザインにしろ毛糸にしろ、品質と付加価値を高めるために、町の外から来た御手洗さんが東奔西走した。そして各地のお客さんに説得力を持って商品を届けるべく、あれこれ趣向を設えるための、しっかりした戦略構想を練っていた。その体験談を聞いて、横でメモをとっていた教え子はショックを受けていた。
 本書を読むと、気仙沼の人たちを巻き込みながら、その土地ならではの条件を活かし、事業として離陸を果たしたようである。元コンサルタントからブータンでの経験を経て、今ではさらに経営者として新境地を拓いた経緯は、本書の後半部分に詳しく書かれているが、起業譚としても極めて懇切で平易な説明で、中小企業論でもブランド論でも本書を教材に使えるくらいである。
 著者は気仙沼で事業を営みながら、少しずつ地元の人々の価値観や気質を、そして、もっと普遍的な人間性について学び、洗い出していく。津波で針も糸も流され、楽しむことさえ自分に禁じてしまっていた人たちが、ニットを通して救われていくのである。
 おそらく誰も気づかない小さな編み間違いを見つけて、何日もかかったところを躊躇なく解いた編み手がいう。「たとえお客さまが気づかなくても、きっとずっと自分の心には引っかかるでしょ」そして会社が初年度から黒字になり、市に納税できることを報告すると、多くの編み手が「これで、肩で風を切って気仙沼を歩けます」と喜ぶ。
 編み上がったニットが同社を通じてお客さんに届く。そして商品の価値が堂々と相手に認められ、事業が回る、そのことで、自分の価値を再確認できる。それは誇りをつかみ取ることでもある。大震災後の被災地で立ち上がった多くの社会起業は、「同情需要」に頼っている限り、そこに達するには時間がかかるかも知れない。
 人によっては本書を、麗しい復興美談として読むかも知れない。しかしそれではもったいない。本書は実戦的な地域起業のテキストとして読めるのである。そして経営学と民俗学、ふたつの世界の対話の物語でもある。ドラッカーが宮本常一の縁側に来てお茶飲んでいる風情である。
 東北のみならず全国に、衰微した故郷の再生に貢献しようとして、なかなかうまくいかない、多くの若者がいるだろう。まずその人たちに、本書を薦めたい。そして、こんなすごい人がいるんだ、ではなく、こういうやり方を学ぼう、と思って欲しい。しかも本書は気負わずに、おもしろく読めるひとりの若者の奮闘記である。
 東京で就職したあの教え子に、御手洗さんがとても面白い本を書いたよ、と伝えたら、いま気仙沼ニッティングのセーターを買うために貯金しているという。早くお金が貯まるように、本書は私がプレゼントしてやろうと思う。

 (みやけ・ひでみち 経営学者)

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