書評
2015年9月号掲載
「基本だよ、ワトソン君」
北川智子『ケンブリッジ数学史探偵』
対象書籍名:『ケンブリッジ数学史探偵』
対象著者:北川智子
対象書籍ISBN:978-4-10-610630-9
イギリスの名探偵といえばシャーロック・ホームズ。彼が相棒に語りかけたセリフに、こんなものがあります。
「Elementary, my dear Watson.」
(基本だよ、ワトソン君。)
あっと驚くような発見も、基本事項に立ち返ってこそ謎ときのヒントを得るというのは、シャーロックの決め言葉のひとつです。
『ケンブリッジ数学史探偵』は、学問の基本中の基本である「数学」と「歴史」のあいだにある「謎とき」をするものです。
わたしに、その「謎」を持ちかけたのは、新潮新書の前作『ハーバード白熱日本史教室』。日本史がアメリカでどのように語られているかを書き、これから現代にぴったりの語りとはどんなものかを考えよう、というメッセージを残したところ、現代的な歴史とはどのようなものだろうか、という質問を多く受けました。日本では「日本史」と「世界史」が分けて教えられているため、日本と世界の間には見えない壁があるという事情が、現代的な歴史叙述の生成を難しくしているのです。そこで……
・日本史と世界史を分けない。
・日本史も世界史も一気に俯瞰する。
現代にぴったりのグローバルな歴史とは、既存の歴史の枠をとりはらった「大きな物語」。現代的な世界規模の歴史叙述の一例が、この本です。
探偵となる我々の舞台は17世紀の世界各地。日本の京都を出発点とし、ヨーロッパはパリへ。さらに中国の北京から数学の歴史をたどります。17世紀といえば、フェルマー、パスカル、ニュートン、ライプニッツなど、数学界のスターが生きた時代。しかし数学史に関係した人は意外に多く、時空を超えた旅の中で我々が出会う人物は、色々な場面にユニークな足跡を残しています。一体誰が、どんな発見の跡を残しているのでしょうか。17世紀を地球規模で眺めてみると……
出来上がった世界の俯瞰図を見ると、数学も歴史もごくごく基本の事項に立ち返ってみることで、目の前にある問題がすらすらと解けていくのです。やはり、様々な発見の根底にあるのは、シャーロック・ホームズの名言そのもの。
「Elementary, my dear.」
(基本こそが、大事なんだよ。)
もちろん本書はその「基本」の掘り返しだけでは終わりません。どんなふうに「基本」が「発見」に昇華するのか。謎ときの果てにあるものは「歴史が未来を創るためにくれるヒント」なのです。ヒントがいくつ見つかるかは、あなた次第。どうぞ、楽しんで読んでください。
(きたがわ・ともこ 歴史学者)