書評・エッセイ

2015年10月号掲載

ピラミッドを作った人々のリアリティ

――河江肖剰『ピラミッド・タウンを発掘する』

橋本麻里

対象書籍名:『ピラミッド・タウンを発掘する』
対象著者:河江肖剰
対象書籍ISBN:978-4-10-121236-4

 古代エジプト、あるいはピラミッドという語句に接して、胸をときめかせずにいられる日本人は、そう多くはあるまい。だが時間的にも空間的にも遠く隔たった魅惑的な異世界に、私たちは勝手な幻想――時に超古代文明から宇宙人まで登場する――を投影してもきた。確かに古代エジプト、そしてピラミッドに謎は存在する。この謎に営々と立ち向かってきた、考古学者たちによる研究の歩みを明らかにしながら、なお残る謎が何なのかを明確に指し示したのが、エジプト考古学者の河江肖剰による『ピラミッド・タウンを発掘する』だ。
「待望のカイロ・アメリカン大学に入学を果たした私は、フレッシュマンながらに『大ピラミッドの謎を解明したい!』と意気込んでいた。しかし、その謎が具体的に何を指しているのか、当の本人にもよく分かっていなかった」。考古学シロートの筆者が心から共感できるスタート地点から、いままさに河江自身が立っているエジプト学研究の最前線へと読者を誘うために、本書では約4500年前に築かれたピラミッドを、「どのように作ったのか」「なぜ作ったのか」「誰が作ったのか」という3つの大きなルートが設定される。
 硬く巨大な石灰岩をどこから切り出し、いかにして運び、積み上げて、あの大規模な建造物を作り上げたのか。「どのように」の検証作業には、王のミイラどころか考古学の華たる発掘作業さえ出てこない。だが、三大ピラミッドが聳(そび)えるギザ台地全体の精密な測量を続けて地図を作成し、巨石を橇(そり)に乗せて引き上げるための手法や人数を実践によって確かめる「実験考古学」などの地道な成果から、ピラミッド建設の過程と技術が少しずつ明らかになっていく。
「何のために」と問うならば、それは確かに王の墓だった。ヘロドトス以来、神秘のヴェール越しに眺められていたピラミッドに、初めて学術的な探索の目を向けて測量を行った、17世紀イギリスの数学者ジョン・グリーヴズに始まる近代的な研究。そして河岸神殿、参道、葬祭神殿、周壁、衛星ピラミッドなど「ピラミッド複合体」全体から得られた知見を統合し、ひとつの文脈の中に位置づけていった結果浮かび上がるのは、単なる墓ではなく、原初の混沌の海の中から、秩序ある世界が生まれ出る創世の神話を再現し、象徴するものとしてのピラミッドの姿だ。
 本書全体を通じて河江が徹底的に重視しているのは(彼が師事するエジプト学の泰斗、マーク・レーナー博士の方針でもある)、「人間」の存在だ。その河江たちが現在、最後の謎として取り組んでいるのが、ピラミッド建設に携わった人々がどこに住み、どのような生活を送ったのかという、建造を成し遂げるための営みすべてを明らかにするはずの、「ピラミッド・タウン」の発掘調査である。ピラミッド建設そのものに従事する労働者、道具や工具を作る職人たち、食料を供給する者など、建設事業に関わった人員は2~3万人と見積もられている。レーナー博士の指揮下で河江たちは、それまでエジプト学ではほとんど顧みられることのなかったピラミッド建設に携わる人々と、彼らが暮らした町「ピラミッド・タウン」を発見。パン焼き場の跡から激しい労働を支えた主食のパンを再現し、ゴミ捨て場に捨てられた「封泥」(文書などを密封し、そこに印章や手描きの文字を記した)から、そこで暮らした人物の社会的地位を明らかにしていく。
 黄金に輝く宝物とは無縁の現場で蓄積された「情報」をもとに本書の結末部で描き出される、ギザ台地で生きた人々の日々の営みと建設中のピラミッドが佇む風景に宿るリアリティは圧巻だ。ピラミッド建設の時代が理解を絶した異境ではなく、現代の私たちと変わらぬ喜びや悲しみ、生きることの喜びや明日への希望を抱いた人間の暮らす世界であったことを知り、彼らの生々しい息づかいまでを感じた時、私たち読者は、考古学が非現実的な夢を追うのではなく、何よりも人間を知り、深く洞察する学問であったことに、あらためて気づかされるのである。

 (はしもと・まり ライター・エディター)

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