書評
2015年10月号掲載
思想的内戦の時代に
古谷経衡『左翼も右翼もウソばかり』
対象書籍名:『左翼も右翼もウソばかり』
対象著者:古谷経衡
対象書籍ISBN:978-4-10-610637-8
かなり前に読んだ或る記事で、外国人から見た日本のコーヒー事情というのがあった。「日本は不味い100円の缶コーヒーと、一杯500円の喫茶店の高いコーヒーの2種類しかない。気軽に飲めるその中間はないのか」。その後、2013年にセブン‐イレブンが「セブンカフェ」と称し100~180円位のセルフの本格コーヒーを提供しだした所、空前の大ヒットとなった。いまや他のコンビニもこれに続々追随する。缶コーヒー以上・喫茶店未満の手軽でいて美味しい「中間」路線には膨大な需要があった。セブンカフェは日本のコンビニの常識を変えた。
ところが最近、政治の世界ではこの「中間」路線がなくなりつつある。国会前では「NO安倍」のプラカードが乱舞し安倍総理が呪詛される一方、ネット空間では彼らを揶揄する右派が見るに堪えない罵詈雑言を書き込んでいる。
思想的内戦、と呼ぶに現在の状況はふさわしい。左派は自民党やその支持者を「ネトウヨ」と蔑み、右派は反安倍と反自民の人々を「反日サヨク、売国奴」と罵る。いつから左右の両極がこんな泥仕合を始めたのか。声の大きな人が高い戦闘力を持つネット空間がこの「内戦」を激化させたことは間違いないが、問題はその「声の大きな変人」を誰も止めず、あまつさえ持ち上げてきたことに起因するだろう。「常識的に考えて」略してJKというのが、ゼロ年代の一時期までネット空間の古典的結句だったが、今やこんな決まり文句は絶滅している。変人が騒ぐのを嬉々として取り上げるメディアと、それを制止すること無く便乗する言論人、どちらも悪い。常識的な中間層は毎週デモに参加したり毎晩ネットに呪詛の書き込みを行ったりしない。
拡声器からの絶叫も、動画のコメントで流れるヘイトスピーチも、中間層には届いていない。そんなことよりも今日の晩飯、明日の納期、来月の支払いの方が余程重大問題だ。こんな当たり前の「普通」の日本人が感じたり、考えたりすることを上手く言語化するのが書き手の役割だと思うが、そういう種類の人間はどんどん減っている。どちらか極端にした方がモノが売れる、という間違った思い込みがあるのだろう。或いはそう思いこむうちに「ポーズ」が本気になってしまった「ミイラ取りが……」の事例も少なくない。
「安倍政権を支持しますか、しませんか」という踏み絵。選択肢はYESかNOかの二択。場合によってYES或いはNOという回答はない。シンガポールを占領した山下将軍の強要でもあるまいに、「その中間はないのか」と何時も困惑する。
中間を認めない左翼も右翼も、もはや信頼するに足りない。「秒速で1億円稼ぐ」という極端な主張には大抵ウソが混じっているのと同様に、左右の極端な主張は、自陣営に都合の良い、勝手な願望に基づいたウソで塗り固められている。「無党派以上左右未満」という中間派の良識ある日本人が、いま声を上げるべきではないか。
(ふるや・つねひら 著述家)