書評
2015年11月号掲載
天才プロデューサーのロック魂が炸裂する
――つんく♂『「だから、生きる。」』
対象書籍名:『「だから、生きる。」』
対象著者:つんく♂
対象書籍ISBN:978-4-10-121196-1
二〇一五年四月四日、母校・近畿大学の入学式にサプライズ登場したつんく♂は、喉頭癌の手術で声帯を全摘したことを初めて公表し、新聞、テレビなどで大きく報じられた。
『私も声を失って歩き始めたばかりの一回生。皆さんと一緒です。/こんな私だから出来る事。こんな私にしか出来ない事。/そんな事を考えながら生きていこうと思います』
首にストールを巻いてステージに立つ著者の背後のモニターに流れたこの祝辞は、全世界の人々に大きな勇気と感動を与えたが、特筆すべきは、その見上げたプロデューサー魂。自分の病気までネタに使い、その入学式に合わせて術後の体調恢復につとめる。これほどポジティブな仕事の仕方もないだろう。さすが関西人、いや、さすが稀代の天才プロデューサーというべきか。モーニング娘。をはじめとするハロー!プロジェクトの各グループにみずから千以上の曲を提供し、育ててきた手腕と才気はまったく衰えていない。
そのつんく♂が書き下ろした本だけに、『「だから、生きる。」』は、よくある"感動の闘病記"の枠に収まらない。もちろん感動させるし、涙も誘う。私事ながら、たまたま心筋梗塞で緊急入院し、まだ集中治療室にいるときに読んだので、なおさら身につまされたんですが、しかし本書には笑いもあればノロケもある。スリルもサスペンスも、怒りも脱力もある。つんく♂らしいサービスが満載された本なのである。
遡ると、つんく♂が喉頭癌の治療中であることを公表したのは昨年三月。半年後の九月には、完全寛解をブログで報告。元気になってモーニング娘。'14のニューヨーク公演に帯同したはずだったのに、その直後、癌の再発を発表......。
この間、いったい何があったのか? 知られざる背景を赤裸々に綴る最初の二章は、まさに息詰まるドキュメント。シャ乱Q二十五周年ツアーにかける思い、声のかすれと喉の違和感に対する不安、思うように歌えない苛立ち、喉頭癌と診断された瞬間のリアルな衝撃。〈まさか。/嘘やろ。/まだ四十五歳やで。/っていうか、大丈夫って言うてたやん!〉
こうして始まる治療と"終わりのない悪夢"。完全寛解を医者に告げられ、そう発表しても、声の調子は戻らない。本当に治っているのか? NY行きは、医者も妻も反対する。でも、これが最後のわがままだ、男のロマンだと妻を説得し、家族とNYに飛ぶが、到着直後に生検結果の連絡が来る。「やはり癌でした。......とにかくすぐ帰ってきてください」完全寛解から一気に地獄に突き落とされ、〈何で、俺なんやろう〉とやるせない思いが渦を巻く。それでも、すぐには帰国せず、石にかじりつくようにしてモーニング娘。の公演を見届ける。それは、"道ばたで発電機にガソリンを入れてバンド演奏してた大阪の兄ちゃん"が音楽プロデューサーとしてたどりついたひとつの頂点であり、区切りだった。
〈僕の音楽がアメリカのニューヨークの真ん中で流れている。愛弟子たちが無心で歌ってくれている。〉
そこから話は九二年の上京当時へと遡り、シャ乱Qが売れなかった時代、ミリオン連発の頃、モーニング娘。の誕生とハロプロの拡大を駆け足でふりかえったあと、妻との出会い、結婚、双子の誕生と育児参加による"人生レボリューション"が愉快なつんく♂節で語られる。
〈たまの休日にフードコートでラーメン食って、スーパーで買い物してポイントためるのも、実はロックじゃないか!〉
そう気がついて、作る曲の歌詞に早速「フードコート」という言葉を採用したと自慢する著者。爆笑です(ちなみに問題の曲は、スマイレージの傑作「スキちゃん」ですね)。
――とまあ、読みどころ満載の名著だが、ハロヲタ(ハロプロファン)的に最大のポイントは、著者がすでにハロプロの総合プロデューサーを退いていたことと、それが病気のためでも自分の意思でもなく、アップフロントグループ会長の提案によることを明かした箇所。実際、声をなくしても、つんく♂の"やる気"がまったく失われていないことは、本書刊行前後の活躍が証明している。朝井リョウ原作のドラマ『武道館』に出てくる架空のアイドルグループ(ハロプロの五人組 Juice=Juice が演じる)をプロデュースすることも報じられたし、つんく♂の新しい人生がますます楽しみだ。
(おおもり・のぞみ 書評家)