書評・エッセイ

2016年1月号掲載

メイキング・オブ・たんぽぽ団地

――重松清『たんぽぽ団地』

重松清

対象書籍名:『たんぽぽ団地』
対象著者:重松清
対象書籍ISBN:978-4-10-407514-0

 旧知の映画監督から「仕事を頼みたい」と連絡が来たのは、昨年の春のことだった。新作を撮る、ついてはその原作となるお話を書いてほしい、という。
 ただし、劇場公開のあてはない。予算も極端に乏しく、原作料は、一夜の飲み代にも満たなかった。同世代の腐れ縁ならではの図々しい話だ。「新潮社で本にしてもらえよ。それがブワーッと売れればいいだろ」ということになったので、いま、「波」の誌面をお借りしてPRにいそしんでいる次第である。「ブ」の濁点ぐらいは売れてほしい、と切に思う。
 彼は、かつて――一九七〇年代前半は、子役として数多くの少年ドラマに出演していた。ほとんどは脇役だったが、ただ一度、主役を演じたシリーズがある。皆さんの中に覚えている方はいらっしゃるだろうか。『たんぽぽ団地の秘密』というSFっぽい設定のドラマだ。
 その後の彼は映画やドラマに出る側から撮る側に回って、三十歳前には小さな映画祭でグランプリに輝いたこともある。だが、地味な作風が災いして、最近は数年にわたって新作を撮る機会に恵まれていない。五十代も半ばにさしかかるいまは、CS放送の紀行番組や企業の広報動画といった請負仕事で、なんとか糊口を凌いでいる毎日なのだ。
 そんな彼が乾坤一擲、ひさびさにメガホンをとるのだから、古い友人としては手伝わないわけにはいかない。
 もっとも、この俺サマの奔放な想像力や雄大な構想力、緻密な細部へのこだわりを披露する余地はほとんどなかった。
「悪いけど」彼は言った。「もうタイトルもロケ地も決まってるんだ」
 タイトルは『たんぽぽ団地』。物語の舞台は、東京の某私鉄沿線にある、つぐみ台三丁目団地(仮名)。そこは、かつて彼が主演した『たんぽぽ団地の秘密』シリーズのロケ地だったのだが、もうすぐ取り壊され、高層住宅に建て替えられてしまう。すでに住民の多くは引っ越してしまった。
「でも、一九六〇年代からつづいた団地の歴史が、このまま消えてなくなるのは寂しいし、悔しいだろう? なんとかして残したいよ。たんに映像を残すだけじゃなくて、物語の舞台として、生活の実感がにじむかたちで残したいんだよ」
 そもそもは、『たんぽぽ団地の秘密』のロケの際にお世話になった住民有志が「団地のフィナーレを飾るイベントがなにかできないか」と考えているのを知って、「映画を撮りましょう!」と自ら売り込んだのだ。お金にはならない。作品としての評価も期待できない。それでも、なぜ――?
「住民有志の中に、大切なひとがいたんだ」
 同い年の、つまり、五十代のおばさん。
「でも、昔はすごくかわいくて、『たんぽぽ団地の秘密』にもエキストラで出てくれて、一緒にお芝居をしてるうちに、仲良くなって......初恋で......たぶん両思いで......」
 ふざけた話である。
 さらに彼は、キャスティングまですでに終えていた。
「予算のこともあるから、基本的には素人サンを使うんだけど、一人、どうしても使いたい子役の女の子がいるんだ」
 その子の名前を聞いた瞬間、思わず顔をしかめてしまった。各方面への差し障りがあるので実名は控えておくが、大変に評判の悪い少女である。何年か前にCMやバラエティ番組で人気を集めたものの、態度の悪さやワガママな性格がマスコミやネットで暴かれ、激しいバッシングを浴びて、表舞台から消えてしまった――と書けば、もしかしたら「ああ、あの子だな」と勘づくひともおられるだろうか。
 とにかく、彼女を重要な役につけることが、原作のお話の絶対条件となってしまったのだ。昨年の夏、彼女と初めての顔合わせをした。さんざんムッとしたし、新聞沙汰になりかねないトラブルもあった。しかし、いまにして思えば、その日のゴタゴタこそが、『たんぽぽ団地』の書かれざるプロローグになってくれたのだろう......。
 以上の話は全部嘘ですが、そんな嘘がマコトになるお話を書きました。よかったら読んでください。怒ったひとも読んでみてください。そうすれば、僕がなぜこんな嘘をついたかわかります。マッチの炎の、ささやかな炎上商法でした。

 (しげまつ・きよし 作家)

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