書評
2016年2月号掲載
手の込んだ謎解きと怪談のような余韻
――彩藤アザミ『樹液少女』
対象書籍名:『樹液少女』
対象著者:彩藤アザミ
対象書籍ISBN:978-4-10-338012-2
遥かな昔、垂仁天皇は殉死の風習を禁じ、人間の代わりに人形を陵墓に埋葬するよう命じたという。一方、中国では孔子が人間を象った俑(よう)を死者の副葬品とする風習を嫌い、俑を埋める者は家が絶えるだろうとまで言った。人形を人間の代わりに高貴な死者を守護すべき存在と見なした垂仁天皇と、人間そっくりだからこそ俑の埋葬を不吉と考えた孔子、発想は正反対のようでいて、実は人形と人間のスピリチュアルな代替性を認めた点は共通している。古来、人形は人間の形代(かたしろ)として、時には祈りを託され、時には畏れられてきた。日本のお菊人形、アメリカのアナベル人形といった、不可解な現象が語り継がれる有名な人形が世界各地に存在するのも、人形が人間そっくりであるが故に神秘的なものとして眺められてきた長い歴史の反映に他ならない。
文芸の世界でも、人形の神秘性はさまざまな作品を彩ってきた。ミステリに限定すれば、ジョン・ディクスン・カーの『曲がった蝶番』、小栗虫太郎の『黒死館殺人事件』、高木彬光の『人形はなぜ殺される』、島田荘司の『斜め屋敷の犯罪』、東野圭吾の『十字屋敷のピエロ』、綾辻行人の『人形館の殺人』、加納朋子の『コッペリア』あたりが、人形ミステリの代表格といったところだろう。二〇一四年、第一回新潮ミステリー大賞を『サナキの森』で受賞してデビューした彩藤アザミの待望の第二作『樹液少女』も、そんな人形ミステリの伝統に連なる作例である。
天才的な人形作家・架神千夜(かがみちよ)は、還暦を越えて人形作りをやめた現在、北海道の山奥の邸で隠遁生活を送りつつ、富裕な顧客を招待して「如月会」という集まりを定期的に開催していたが、今回招かれたのは、退職したばかりの医師、占い師、女優、フリーライターといった異色の顔ぶれ。また、豪雪の中で遭難した森本という男も、邸の住人に救われて「招かれざる客」として滞在することになった。森本が架神邸の付近にいたのは偶然ではなく、十五年前、四歳で失踪した妹・蓮華(れんか)の行方を千夜に問いただすという目的を秘めていた。千夜の家族とも使用人ともつかぬミステリアスな立場の同居人たち。せっかく客を招いておきながら彼らの前に顔を見せようとしない千夜。不穏でちぐはぐな空気が漂う中、三日目に事件が発覚する。森本が、人形を焼くための窯の中にある無残な死体を発見したのだ。館の住人と客、合わせて十人の男女の中に犯人が潜んでいるのだろうか。
著者はデビュー作『サナキの森』で、横溝正史風の地方の旧家、八十年前の密室殺人、旧字旧かなの作中作といった古式ゆかしい趣向に、引きこもりでオタクの女性と女子中学生の探偵役コンビという今どきのキャラクターを組み合わせていたけれども、今回はオーソドックスな「吹雪の山荘」状態の建物を主な舞台としている。のみならず、顔のない死体や暗号解読、多重解決など、本格ミステリ特有のガジェットが前作以上に詰め込まれているという印象だ。前作の密室トリックがシンプルだったのに対し、今回はより手の込んだ謎と解決が構築されていると言っていい。
本格ミステリの華とも言うべき「名探偵」についてはどうか。作中、早い時点で此代乃春(このよのはる)という妙な名前の人物が登場し、どうやらエキセントリックな人柄らしいことが別の人物により言及されるものの、いくら読み進めても一向に事件に介入する様子はなく、果たしてこの人物が名探偵の役割を果たすのか、いつになったら再登場するのかなかなか判明しないあたりは、事件の進行とはまた別の意味で読者の不安を掻き立てる。この人物が物語にどう絡むのかは、最後まで読んで確認していただきたい。
そして、人形もモチーフとして当然この物語に密接に絡んでくる。いや、それ以前に、生活感が乏しく、異様な観念に縛られた本書の登場人物たちこそが、人間より人形に近いように見えるだろう。本書の犯人に用意された運命は本格ミステリとしてはやや型破りだが、自由意志を持つようになった人形の人形遣いに対する叛乱だと考えれば、この結末も腑に落ちるのではないか。だからこの結末には、すべての謎が解明される本格ミステリでありながら、人形と人間が入れ替わる怪談さながらの割り切れぬ余韻も漂うのである。
(せんがい・あきゆき ミステリ評論家)