対談・鼎談
2016年4月号掲載
書店懇親会レポート! 『永遠とは違う一日』刊行記念対談
ささやかな表現が持つ力
押切もえ × 中瀬ゆかり(新潮社出版部長)
対象書籍名:『永遠とは違う一日』
対象著者:押切もえ
対象書籍ISBN:978-4-10-121551-8
押切 こんばんは、押切もえです。今日はお忙しい中、お集まり下さいまして有難うございます。
中瀬 こんばんは、寄切(ヨリキリ)もえです(笑)。いきなり、しょうもないギャグですみません。みなさんから見て遠近法がおかしく感じるかもしれませんが、等身大の人間二人です。宜しくお願いいたします。
今回刊行された『永遠とは違う一日』は「小説新潮」に一年の間、隔月連載された六篇の連作短篇集です。六篇の登場人物が微妙に重なり、響き合いながら、立体的な世界を作っています。押切さんはこれまでにもベストセラーになった新書『モデル失格』など執筆経験は豊富ですが、文芸誌に連載されるというのは初めてのご経験ですね。いかがでしたか?
押切 働いている中でさまざまに悩む女性たちを描こうとは決めていて、第一話「ふきげんな女たちと桜色のバッグ」は芸能プロダクションのマネージャーと若いモデルの話で、第二話「しなくなった指輪と七日間」はスタイリストが主人公。ここまでは私のこれまでの知識の範囲で書けたかもしれませんが、だんだんもっと違う世界で必死で生きている女性、いろんな境遇と年齢の女性のことも書きたくなってきたんです。でも、そうなると何をどう書けばいいのかわからなくなって、実際にあちこちへ取材したり、何度も書くのに詰まったりして、締切ぎりぎりになってばかりでした。
中瀬 助産師やセクシャルマイノリティのミュージシャンなど、それぞれ職業を持つ女性たちが、生活の細部や感情の細かな襞や女らしい小道具と共に活き活きと描かれています。取材はお知合いの伝手(つて)を辿ったりされて?
押切 それもしましたけど、ネットで興味を持った方へ、HPに載っているアドレス宛でいきなりメールしたりもしました。「モデルの押切もえと言います。いま小説を書いているのですが云々」と。助産師を目指す女子高生が主人公の第六話「失格した天使と神様のノート」のために、都内の某助産院にそうやって取材をご許可頂いて、そこで生まれたばかりの赤ちゃんを目の当たりにして涙したり、いろんな方からエピソードを聞かせてもらって、少しだけでも彼女たちの人生を教わったのだから、きちんと書き残さなくてはと、下手な文章なりに思いは込めて書いたつもりです。
中瀬 セクシャルマイノリティの方たちへも取材されたんでしょうか?
押切 第五話の「バラードと月色のネイル」で、女性の視点でしかないかもしれないけれど、書いてみたいと思ったんです。でも、このテーマを扱っていいのかも分からなくて、訊いてみると、「知られることはいいことだから、ぜひ書いて下さい」と仰って取材に応じて下さった。でも、お互いに遠慮したというか、私が深くつっこめず、きちんと本音を引き出せなかった部分があったんです。実際書く時も、ほのめかしで終わったところがあって、書き上げて「小説新潮」を持っていくと、あれこれ話した最後に「本当につらいことが書かれていない」と言われました。そこですぐ話を聞き直して、単行本にする時にできるだけ直しましたが、どれだけちゃんと咀嚼できたか、表現できたか分かりません。
中瀬 第三話「抱擁とハンカチーフ」は画家が主人公なんですが、絵の生徒と「ここは思いきって背景をぼかしましょうか」「先生、背景はうまく描けたから気に入ってるんです」「わかります。うまくいったと思ったものへ手を加えていくのって怖いですよね、でも」といった会話をしますね。あえて、ぼかさないと、肝心のところが引き立たないから、というわけです。
押切 私は趣味で絵を描いているのですが、確かにモデルの仕事でもそうで、全部のアイテムを目立たせようとすると主張が強くなりすぎる気がします。メイクにせよファッションにせよ、ワンポイント勝負というか引き算って大事だなと思っています。ささやかな表現こそ、かえって相手に強く通じると信じてるんですよ。これは他のこと、例えば文章にも人間関係にも言えるのかもしれませんね。
中瀬 読んでいて胸に刺さったのは、さっきの会話の流れで、「一番表現したいのは何なのかが自分の中ではっきりしていないと、届けたい人には絶対に伝わらないんです」という主人公のセリフでした。「何を描くのか、ということよりも、画面からいったい何を伝えたいのか、を大事にしてくださいね」と。裏返して言うと、これはちょっと作家には良くない質問かもしれませんが、この連作短篇集で押切さんは一番何を伝えたかったのでしょうか?
押切 書き終えてから改めて気づいたのは、曲り角にある人間の背中をふっと押してくれる、目に見えない優しさや暖かさのことです。普段、モデルの仕事では、きれいに着飾らせてもらったり、照明やメイクやさまざまなものに助けてもらっています。さらに、写真には写らないところにいろんな人の思いや情熱や気持ちがある。それは、目に見えないところで働いて、きっとどこかに現れている。逆に言えば、気持ちの入っていないものはいちばん意味がないんじゃないかな、と思っているんです。そんな一言ではなかなか説明しにくいことを伝えるのに、小説というのはいい形式だなと感じています。
中瀬 さきほど、セクシャルマイノリティをテーマにした「バラードと月色のネイル」の改稿の話が出ましたが、単行本化のゲラ作業を新潮社クラブに籠ってやっておられました。私は横目で状況を窺っていたのですが、ゲラ直しが全然終わらない(笑)。確かクリスマスくらいに終わる筈が、仕事納めが過ぎても終わらずに年を越してなお延々と......何だかスゴイことになっていましたね。担当者が持ってきたゲラを見たら、押切さんが入れた赤字で、一見もう血染めのゲラ。喀血したか!みたいな(笑)。
押切 いや、本当に編集の方にも校閲の方にもご迷惑をおかけしました。一年かけて書いていくうちに、好きな文章や表現、あるいは避けたい言葉や、多用してしまう表現が出てきて、ゲラで読み返すと「今ならこうは書かないな」という箇所がとめどなくなってきて、あれこれ模索するうち大変なことに......(笑)。〈消せるボールペン〉で直していったんですが、どんどんインクがなくなって、途中で替え芯を何本も買いに行きました。それが息抜き(笑)。もともと朝型の人間で、夜は書いたりしないのですが、もうそんなことを言っていられなくなって、午前十一時に新潮社へ来て、ずっとゲラと格闘して次の日の朝八時に帰って、そのまま仕事へ行ったりしてました。
中瀬 美容には悪そうですね(笑)。
押切 仕事自体はテンションが高くなっていて乗り切れたのですけどね(笑)。会う人に必ず、「痩せた?」と訊かれました。そしたら、ずっと一緒に伴走してくれてる編集の方が「え? こっちは『浮腫(むく)んだ?』とか『太った?』とか言われてるんですけど」って。
中瀬 二人合わせると前の体重と変わってないという肉量保存の法則(笑)。それはともかく、「作家の才能は書き直しに出る」とよく言われます。今回押切さんの本を読んで感じたのは、その書き直しの凄さ、素晴らしさでした。また一人才能のある新しい作家が出てきたぞ、と嬉しく思います。もうひとつ、登場人物たちから感じたのは、押切さんって実は〈こじらせ女子〉じゃないかな、ということです。どうですか?(笑)
押切 登場人物たちはみんな感情を行ったり来たりさせて、めんどくさくて、うまく行動できずに、ずいぶんこじらせてますよね。書けない自分の悩みを投影させたりもしましたから、確かに私の分身かもしれません(笑)。仕事をしていて三十代半ばにもなると、いろいろ言われるし、人生観というのは誰とも比較できないものだとも分かってくる。じゃあ、どうやって生きていけばいいのかと考えていると、どんどんこじらせてしまう。私にもどこか似た、そんな人たちが読んで下さって、一歩前に出られる気持ちになればいいなと思っています。
2016年2月23日 新潮社別館ホールにて
(おしきり・もえ モデル) (なかせ・ゆかり 新潮社出版部長)