書評

2016年4月号掲載

金融の技術革新は我々をどこに導くか

岩村充『中央銀行が終わる日 ビットコインと通貨の未来』

北村行伸

対象書籍名:『中央銀行が終わる日 ビットコインと通貨の未来』
対象著者:岩村充
対象書籍ISBN:978-4-10-603782-5

 金融庁は、仮想通貨に対して新たな定義を与え、仮想通貨と中央銀行が発行する法貨の交換業者については登録制度を導入し、顧客の口座開設時における本人確認の義務化、利用者保護のためのルールの整備などを行うことを趣旨とした法律案を国会に提出した。
 これまで政府は、ビットコインなどの仮想通貨は通貨でも有価証券でもないと解釈し、銀行や証券会社が扱うことを禁止する代わり規制もかけてこなかった。今回の対応は仮想通貨に対する現状認識が大きく変わってきたことを意味している。
 本書は、ここ数年間に起こったビットコインの台頭とその技術的な意義、それから派生した類似の仮想通貨の位置づけを行い、その上で、中央銀行の役割に対して評価を与えたもので、この分野の進展に関心のある読者には必読書である。
 著者は金融と情報通信技術の関連分野では、誰もが認める第一人者であり、仮想通貨やフィンテック・ブームにあやかって、似非エコノミストや即席経済評論家が書いた軽薄な概説書とは全く内容を異にしている。
 実際、本書の中で、著者はビットコインの構造を細部まで理解し、その新規性と汎用性を高く評価しつつ、通貨供給スケジュールの硬直性を指摘し、代替案を提示している。まさに著者はビットコイン開発者のレベルで問題を認識し、議論を深めているのである。本書は歴史的な事例をちりばめ読み易く書かれてはいるが、その本質はこの分野の専門家が熟読すべき内容となっている。
 別の言い方をすれば、現在、金融の世界で起こっている、ここ数世紀で一番革新的な技術進歩と言っていいかもしれない変化をどう捉えるのか、そしてそれが我々をどこに導くのかということを知りたければ、本書を読むことは避けて通れないだろう。
 本書のタイトルが示すように、著者の最大の関心は、中央銀行の将来にある。著者はマイナス金利が実際に導入された現在、現金というマイナス金利のつかない価値保蔵手段に逃げ込む「流動性の罠」に陥ることを防ぐために、金利付き貨幣を導入することを提案している。著者はさらに踏み込んで、貨幣の機能の内、決済手段と価値保蔵手段については中央銀行の独占から取り上げて競争にさらすことが、貨幣の機能や効率を向上させるだろうと論じている。
 著者の冷静な判断によると、法貨が仮想通貨に取って代わられる可能性は低いが、むしろフィンテックの発展に乗り遅れれば世界的な決済サービス競争に敗れてしまう可能性はある。しかし、それでもなお、中央銀行には価値尺度としての貨幣や金利を提供するという役割は残る。それは丁度、江戸時代にあった度量衡の守護役を務めた秤座(はかりざ)のような役割であり、社会のインフラとして極めて重要であることを強調することで、中央銀行に覚醒を求めている。

 (きたむら・ゆきのぶ 一橋大学経済研究所所長)

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