書評
2016年6月号掲載
『老いも病も受け入れよう』刊行記念特集
寂聴さんの元気と長寿の秘密がわかる本
――瀬戸内寂聴『老いも病も受け入れよう』
対象書籍名:『老いも病も受け入れよう』
対象著者:瀬戸内寂聴
対象書籍ISBN:978-4-10-114445-0
郷里徳島の大先輩・瀬戸内寂聴さんと最初にお目にかかったのは、もう二十年以上も前のことです。まだ三十代半ばだった私は、学生時代に瀬戸内晴美の小説の大ファンであったこともあり大変緊張していたのですが、
「丸い顔の阿波女というところが、似ているわ。まるで娘のよう」
そう気さくに話しかけてもらい、以来ずっと交流が続いております。
やがてお付き合いを続けるうちに、
「瀬戸内寂聴は、超人である」
そんな感想を抱くようになりました。講演、執筆、対談、法話。七十代を過ぎ八十代に入ってからもますますエネルギッシュに活動されていたからです。そして寂聴さんは超人なのだからできるのであり、私のような凡庸な人間は決して真似をしてはいけないと、肝に銘じておりました。
「サイモンさんは何で恋をしないの? 何で徳島で後輩を育てようとしないの? 何でもっと仕事をしないの?」
お目にかかるたびに、そのような言葉を矢継ぎ早に投げかけられるのですが、いやいや私と寂聴さんではエネルギー総量が違いますからと答えるのが精一杯でした。
ところが近年、寂聴さんが体調を崩されたという報を耳にするようになりました。が、しばらくすると以前よりさらにパワーアップして元気な姿で現れるので、
「やっぱり、超人だ」
と思っておりました。腰が悪いとか、どうもガンらしいという噂も、どこか嘘だろうと。そのぐらい、お目にかかると二十年前と変わらぬお元気さだったのです。
しかし、寂聴さんが自身の病と闘病について書いた『老いも病も受け入れよう』を読んでみて、
「九十四歳になってようやく、超人から人間レベルに降りてきてくれたのだなあ」
私はそんな感想を抱いたのでした。
「はじめて老いを意識した」のは九十二歳だったという冒頭の言葉に、まずは驚かされました。圧迫骨折で入院してみて、初めて老いに気づいたというのです。
それ以前にも、八十八歳の時に腰部脊柱管狭窄症と診断され、入院をします。しかし原因は疲労が蓄積したせいであり、老化が原因ではないらしいのです。詳しい検査の結果、第三腰椎の圧迫骨折も見つかり半年の絶対安静を言い渡されます。
そこまで読んでみて、並の人より数百倍エネルギーを持つ寂聴さんにとってなにもせず半年も寝たきりというのはさぞかし退屈であっただろうと私は推測したのです。が、退屈よりなにより痛くて痛くてただそれだけだったと、書かれているではないですか。
「神も仏もあるものか」
「地獄へ行ってこれ以上痛い目に遭うのはごめん」
さらに痛みのあまり死んだ方がましとまで思い始め、鬱になったとか。
もちろん、超人・寂聴さんはその後見事に鬱から立ち直り、そこから「病」と「老い」に立ち向かう心得を習得されるのですが。
本書を読んで、寂聴さんが本当に痛みに弱い体質だというのがよくわかりました。
ガンがみつかっても「知らないことが経験できる」とわくわくする好奇心でいっぱいになれるけれど、痛みには全面降伏なのですね。そんな弱みもまた、私には彼女の魅力に思えます。
痛みを知り病を体験した寂聴さんは、超人から人間に戻って考え抜いた末、「老いも病も死も、受け入れよう」という結論に至るのです。
すると、心の安らぎを得たというのです。「超人」ではなく「人間」の言葉ですから、読者は今まで以上に親近感を抱いて、深く頷くはずです。
(さいもん・ふみ 漫画家)