書評

2016年9月号掲載

史上初の女性大統領は何を目指すか

春原剛『ヒラリー・クリントン その政策・信条・人脈』

春原剛

対象書籍名:『ヒラリー・クリントン その政策・信条・人脈』
対象著者:春原剛
対象書籍ISBN:978-4-10-610681-1

 この世の中に「世界女傑選手権」というものがあったら、誰が勝利の栄冠を手にするだろうか。古代からの代表として、まず思い浮かぶのはエジプトの女王・クレオパトラ。中国からは楊貴妃が名乗りを上げ、日本代表は卑弥呼で決まりだ。近現代に目を転じれば「鉄の女」の異名を取った英首相、マーガレット・サッチャーや、ドイツ首相のアンゲラ・メルケルといった名前が頭をよぎる。
 それら錚々たるメンバーを押しのけて、来年の一月に勝者の玉座に君臨するであろう人物こそ、本書の主役、ヒラリー・クリントンである。
 七月末に米国・ペンシルベニア州で開催された米民主党大会で、正式な党の大統領候補となったヒラリーは今、第四十五代アメリカ合衆国大統領の座に最も近い人物だ。二十一世紀の今日、なお世界最大の経済力を持ち、世界最強の軍隊を誇示する唯一の超大国・米国。その指導者になるということはすなわち、ヒラリーが「人類史上、最強の女性」になると言っても過言ではない。
 ファースト・レディー(大統領夫人)から始まり、ニューヨーク州選出の上院議員、米外交トップの国務長官、そして大統領候補と「理想の階段」を駆け上がってきたヒラリー。だが、そこに至るまでには多くの曲折と蹉跌もあった。
 特に、夫君・ビルと共に嫌疑をかけられたアーカンソー州時代の公的資金不正流用問題(ホワイトウォーター疑惑)では絶体絶命のところまで追いつめられ、「生来のウソつき」というレッテルまで貼られた。暴言と失言を繰り返す米共和党候補、ドナルド・トランプ氏と「不人気競争」を演じざるを得ない原因はこの一点に尽きる。
 現時点で今年の米大統領選の結果を占うことは難しいが、党内の結束度合いや、人口動態(黒人、女性、若者、ヒスパニック)、政治家としてのキャリア、対外的な知名度などに鑑みれば、「トランプvs.ヒラリー」のオッズは40:60、あるいは30:70程度でヒラリーに有利だろう。
 仮に「ヒラリー大統領」が誕生した場合、その政権、政策はどのようなものになるだろうか。一言で言えば、「国内リベラル・対外タカ」の阿修羅像である。対外政策では女性の権利向上を地球規模で推進する「女権外交」を展開。米国への対抗心を剥き出しにする中国には、政治・経済・軍事の各方面から「コワモテ」の顔を見せるだろう。国内政策では中間層の再興をテーマに掲げ、TPP(環太平洋経済連携協定)を巡る対応など貿易政策では「内向き傾向」を強めていく。
 国務長官時代に「尖閣諸島は日米安保条約の対象」と宣言した「ヒラリー大統領」と日本の関係は原則、良好だ。しかし、油断は禁物。期待が大きい分、注文もそれだけ多くなる。何しろ百戦錬磨の最強の女傑が交渉相手となるのだから......。

 (すのはら・つよし 日本経済新聞社編集局長付編集委員)

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