書評

2016年9月号掲載

特集 村上柴田翻訳堂、この夏も元気に営業中です。

カツカレー……のような、何か……のようなSF 

『宇宙ヴァンパイアー』
コリン・ウィルソン 中村保男/訳

池澤春菜

対象書籍名:『宇宙ヴァンパイアー』
対象著者:コリン・ウィルソン 中村保男/訳
対象書籍ISBN:978-4-10-216203-3

 宇宙ヴァンパイアー!! この組み合わせ、語感的にはほぼ「カツカレー」に等しいアピール力だ。
 こってりどっしり、ちょっと下品なくらいのB級グルメを期待して、いざスプーンを握る。ふむふむ、探査船ヘルメス号が航行中に発見したのは、小惑星かと思うほど巨大な難破船。中にはコールドスリープ状態の美男美女が。地球に持ち帰ってみれば、これが人間の精気を吸って生きる宇宙ヴァンパイアーだったから、さぁ大変。
 生命エネルギーを奪いながら、次々と体を乗り換えていく宇宙ヴァンパイアー。対するは、ヘルメス号の船長カールセンと、性心理研究所の天才博士ファラダのコンビ。宇宙ヴァンパイアーの謎を解き明かしていくうちに、そもそも生命力を吸って生きる人間というのは昔からいたらしい、それは人に備わった根源的な能力なのかもしれない、では人とはどこから来たのか......という生命の謎にぐいぐい踏み込んでいき......ぐいぐい踏み込むのはいいんだけど、宇宙ヴァンパイアー、なかなか出てこない。ようやく出てきたと思っても、やたら観念的な押し引き相撲を夢の中で繰り広げるのみ。どうやらこれは、宇宙ヴァンパイアーとの追いつ追われつ、手に汗握る冒険活劇というよりは、人の生命エネルギーとはなんぞや、に焦点を当てたお話で、宇宙ヴァンパイアーはあくまでそれを説明するための道具立てっぽいのだ。
 サイエンス・フィクションというよりは、スペキュレイティブ・フィクション(思弁小説)。最後、宇宙○○(ネタバレなので伏せる)から真相が語られるあたりから、一気に物語はSFになるが、それも徹頭徹尾、観念的なのだ。
 明哲な思想と、清廉な語り口。わかりにくくはない。なのに、読み終わった後で、自分が読んでたのは果たして何なのか、人に語ろうとしても言葉が見つからない。
 タイトルから期待していたB級グルメとはだいぶ違う......カツの衣は繊細、丁寧な仕事の光る上品なカレー、お米も熟練の技で的確に炊きあげられている。ただ、食べているうちにだんだんと「カツとは......カレーとは......食べるとは......」と目が泳ぎ始める。
 悩んだ末、口ごもりながら「カツカレー......のようなもの」と言うしかない。
 あらゆる料理を修めた超人シェフ、コリン・ウィルソンにしか作れない、究極の「のようなもの」料理、是非一度はご賞味あれ。
 この作品は一九八五年にトビー・フーパーが「スペースバンパイア」のタイトルで映画化しているので、そちらをご存じの方もいらっしゃるかもしれない。映画に関しては、バンパイア役の女優さん、マチルダ・メイ、綺麗でしたね、とだけ言っておきます。

 (いけざわ・はるな 作家)

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