書評・エッセイ

2016年9月号掲載

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アメリカの男たちが好きなもの

『アリバイ・アイク ラードナー傑作選』リング・ラードナー 加島祥造/訳

川本三郎

対象書籍名:『アリバイ・アイク ラードナー傑作選』
対象著者:リング・ラードナー 加島祥造/訳
対象書籍ISBN:978-4-10-216402-0

 アメリカの男たちが好きなものは、野球とそしてほら話(tall tale)だろう。かのシューレス・ジョーのスパイクがクーパーズタウンの野球博物館に展示されているという話などその好例。リング・ラードナーは、野球とほら話を愛した作家で、マーク・トウェインやオー・ヘンリー、デイモン・ラニヤン、ジェイムズ・サーバーに通じる。
『アリバイ・アイク』に収められた短篇には野球ものが多いし、大半はほら話である。「アリバイ・アイク」は、言い訳ばかりしている野球選手の話。失敗した時に言い訳するだけではない。タイムリーを打った時にも言い訳するから尋常ではない。つまり、ほら話である。
 アメリカの男たちはなぜ野球とほら話が好きなのか。私見では、たぶん西部開拓の歴史と関わっている。一人でフロンティアを行く。寂しい。家が恋しい。家を作ろうとする。野球は、寺山修司がいったように家(ホーム)に帰ってくるゲームである。自然と男たちは野球が好きになる。
 さらに。荒野を旅する男たちは、見知らぬ男たちと出会い、夜、キャンプする。焚き火をする。そこで「こんな話、知っているか」とキャンプファイア・トークが始まる。話を面白くするために、どんどん嘘を加えてゆく。ほら話になる。
 リング・ラードナーはこの西部の男たちの伝統を受継いでいる。私見だから、本当かどうかは知らない。有名な一篇「チャンピオン」の主人公は、身体障害者の弟や母親、さらには付合う女性にまで暴力を振う。無茶苦茶な男だが、これもほら話の主人公としてなら面白い。
 ちなみにこの短篇は一九四九年に、マーク・ロブスン監督、カーク・ダグラス主演で映画化されているが、原作のほら話の面白さはなく、製作が真面目なスタンリー・クレイマーだったこともあり、ひどくシリアスな映画になってしまった。
 ほら話とは文学手法でいえば誇張(ジョン・アーヴィングもこれが好き)。やはり野球小説の逸品「ハリー・ケーン」の、頭の少しとろい剛球投手が、三試合連続でマウンドにあがるなんて古き良き時代のほら話だろう(あっ、日本にも稲尾や杉浦がいたか)。
 ほら話は、品良くいえば伝説、神話である。西部劇の神様、ジョン・フォードはかつて、「あなたの映画は事実か」と問われて、愉快そうに(無論、想像)いった。「事実と伝説のどちらかを選べといわれたときはいつも伝説をとった」。これでいい。

 (かわもと・さぶろう 評論家)

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