書評・エッセイ

2016年9月号掲載

心を豊かにさせる共通の匂い

――大竹聡『五〇年酒場へ行こう』

椎名誠

対象書籍名:『五〇年酒場へ行こう』
対象著者:大竹聡
対象書籍ISBN:978-4-10-350191-6

 昔ぼくはある雑誌で「百年食堂」という、その店の人気料理を味わい、話を聞く、という連載をやったことがある。百年間続いている食堂という切り口なので、必ずしもとりわけうまい店という訳ではない。近所の人々に支えられてその店の味をずっと継続してきたというところに大きな意味や価値があるのだ。
 食堂とは違って酒場というのは酒飲みおとっつぁんにとっては、文字面を見ただけでもたまらないヨロコビや楽しさや、愛しさなどいろんな気分がないまぜになった黄金の安らぎの場だ。
 この本の目次を開いて、ざっとその場所や店の名を見るだけで、胃も心もたまらない気分になる。酒場や居酒屋は酒飲み男にとっての聖地である。本書に出てくる酒飲み人は、その嗅覚、味覚がそうさせるのだろう、いかにも居心地のよさそうな店を見つけだし、極端に言えばその店でしか飲めないような酒や肴を目の前にし、常に何がしかの共感を漂わせる。
 この著者の住居がぼくが昔住んでいた家の経路とかなり交叉しているようなので、実は知っている店がたくさんあって驚いた。もう十数年前に行かなくなってしまった店もあり、これを読んでぼくがのれんをくぐって入って行ったときの気配がそのままよみがえってくることだけでも楽しく、そしてやるせない感覚になった。
 中央線沿線でそうしたよく知る店がたくさんあった。だからこれらを読んでいると自分が酒を飲みだした若い頃から今日までの記憶が地層のように積み重なり、そのとき一緒に飲んでいた酒仲間など、とうに忘れてしまった人なども急に思い出してきて、少々泣ける。それは大竹聡さんが単に目的の店だけの話をするのではなく、その酒場のある町の背景やその店の成り立ち、やってくるのんべえ客たちの人間模様も巧みにうねりながら書き綴り、それらがとても生き生きと表現されているからだろう。特に知っている店などはそれと同時に居酒屋特有の、まあたいてい庶民的なテーブルやカウンターや厨房などのたたずまいまでが匂いを伴ってふいに大きく膨らんでくる。
 本書は構成上の必要もあってか、かなり幅広く様々な店を探訪し、そういう諸々を生き生きと描いている。客だけでなくその店を経営しているおやじさんやおかみさんなどの会話も実に人間的な表現やとらえ方をしていて心地よい。そのへんも本書を酒の香りで満たし安心させてくれるみなもとになっているのだろう。
 新宿のボルガやイーグルが出ていてびっくりした。イーグルは居酒屋とは違う高級バーの部類に入るが、全体を読んでいるとさして違和感がないのは、客とお店の人との人間的な会話がそうさせているのだろう。ボルガではまだみんなで合唱などしているのだろうかと興味深く読んだが、近頃とんと行かなくなってしまった。そういう店がこの本の中にいくつもあり、武蔵小金井や浦安、浅草の店などはどうしていかなくなってしまったのだろうかと、何か大変大きな忘れ物をしてきてしまったような気分にさせてくれた。
 この本でとにかく全般に感じることは、今日は居酒屋に行こうと思った時から、酒のみの男はとにかく心が浮き立つ――ということだ。日の暮れるのが待ち遠しくなる。ぼくは一人で飲むということはあまりしないので、たいてい数人の酒飲み仲間と店で待ち合わせるが、果たしてあいつはもう来ているだろうか、ぼくが一番だろうか、などとどうでもいいことを心配しながらのれんをくぐり、引き戸を開ける。そこからさきはどの店であっても至福の時間だ。酒場には必ず会話がある。仲間同士はもちろん、なじみの店であればお店の人や他の客との、翌日にはもう何を話したか忘れてしまうような話ではあるけれど、そうした会話の幾筋かが流れる。本書は酒の酔いを心地よく濃厚にさせる心のヨロコビに満ちた貴重な一冊である。

 (しいな・まこと 作家)

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