対談・鼎談
2016年10月号掲載
『明るい夜に出かけて』刊行記念座談会
深夜ラジオの流れる青春小説
アルコ&ピース(平子祐希&酒井健太) × 佐藤多佳子
対象書籍名:『明るい夜に出かけて』
対象著者:佐藤多佳子
対象書籍ISBN:978-4-10-123736-7
小説の中にオールナイトニッポン
平子(アルコ&ピース) 佐藤多佳子さんの新刊『明るい夜に出かけて』に僕らが出てくると聞いたときは、ちょい役もちょい役で、さらっと名前が載るくらいなんだろうなと想像してました。しかし先に読んだ人から「がっつり出てきます」と言われ、普段から小説を読む者としては、僕らやラジオ番組のことがどのように小説に落とし込まれ、その「がっつり」の度合いがどんなものかピンときませんでした。
佐藤 架空の設定で実名を使わない方が普通のアプローチですよね。実際に読まれてどうでしたか。フィクションとして読めなかったかもしれないですけど。
平子 実際の放送がかなり盛り込まれ、正直、引きましたね。僕らのラジオ番組と僕らをこれだけ使ってくれちゃって、本当に良いのかと、申し訳ないような、怖くさえなっていました。
酒井(アルコ&ピース) どうして僕らだったんですか?
佐藤 若いリスナーが多い感じの、勢いのある個性的な番組で、構想していた作品のイメージにぴったり合ってました。
酒井 ほかの番組は聴いてないですか。
佐藤 色々聴いてますよ。でも、リアルに小説に書きたいと思ったのは、アルピーさんの番組です。
酒井 出版社の編集長とか偉い人が読んで、「アルコ&ピース? こいつら誰?」ってなりませんでしたか?(笑)
平子 実在にするなら、本の売り上げにつながりそうな芸人さんにしろと、僕がお偉いさんだったら言いますけどね。それにラジオ局のサイトなどにパーソナリティの発言や投稿メールを挙げて番組内容が紹介されますが、僕らの番組は要約しにくいと言われ、僕らも説明できず、ほとんど放棄していましたから(笑)。
佐藤 むしろ、その無軌道かつポップな番組の世界を、自分のフィクションに入れてみたかったんです。リスナーと番組の距離が近く、年季の入ったハガキ職人でなくてもどんどん参加できる、いい意味での敷居の低さがある気がしました。送り手も受け手もすごく優秀で息が合ってましたね。ひとつ面白いネタが来ると、それに乗っかって、どんどん続いていく感じも独特でした。とにかく新しい感じがし、SNSを使ったコミュニケーションも含めてラジオの聴かれ方が変わり、リスナーとラジオの関係も変わってきているように思いました。
平子 番組聴取率を見ると、十代と二十代が多く、僕らが芸人として大成していないところも、番組をいい方向に転がしていたのかもしれませんね。出来上がっていない芸人が、自分たちの番組として初めてパーソナリティをやらせてもらえて、そんな綱渡りの危うい感じが現実の世界でヤキモキしている十代と二十代の若者に共感を呼んだのかなと思います。番組はリスナーがどうにかしなければ成立しないぞといったところがあったし、そのためリスナー同士のつながりも強くなっていたんでしょうね。
酒井 佐藤さんは最初から僕らの番組のことを書くつもりでしたか。
佐藤 実はこの本の書名とイメージは作家デビュー前からあって、ふとしたきっかけで少年少女が出会い、深夜にコミュニケートするといった構想でした。最初はストーリーが作れず、長年にわたり内容が二転三転するなかで、登場人物がラジオ番組で知り合う設定を考えました。もともと私はラジオを聴くのが好きだったので、どんな番組をきっかけにするか参考にしたくて、通常よりさらに幅を広げて色々聴いていくうちに、日ごろは聴かなかった遅い時間帯でアルピーさんの番組に出会いました。仕事モードで入りましたが、すぐに普通にヘビーリスナーになりました。
平子 好きで聴いてくれていた人が書いたと感じました。小説を書くために調べ、番組のデータを当て込んだ感じは全くなくて、読んでいて心地よかったし、その点はうれしかったですね。
佐藤 出会いのきっかけと考えていたラジオですが、だんだん中心に据えたくなりました。それでもまだ架空の番組にするつもりでしたが、自分で作るより、アルコ&ピースのオールナイトニッポンをリアルに扱うほうが絶対に面白いじゃないですか。でも私の創作は、実際に書いてみないと、構想通りにいくか分からなくて、その自信もありませんでした。ですから本当は「こんなことを考えていて、書かせていただきたいのですが」とおふたりやニッポン放送にお訊きしてから書き始めるべきでしたが、こんな状態でお願いするのは、どうなんだろうと。
酒井 途中でポシャったら、どうしようかと。
佐藤 その通り(笑)。「書きます」と見得を切ったものの、「すみません、書けませんでした」では、みっともなくて。
平子 でも、「書きます」と言われていたら、僕らは意識し過ぎてダメになっていましたよ。番組がガラッと変わって、いきなり文化教養の要素が強くなり、僕らはガチガチになっていたはずです。
きっかけはノベルティグッズ
酒井 主人公の富山と佐古田が知り合うきっかけが番組のノベルティグッズのカンバーバッヂというところは自分的にはすごく面白かったです。コンビニの店員と女子高校生で、接点はなさそうなのに。
佐藤 富山はある問題を抱えていて、大学を休学し、ひとり暮らしをしていますが、あのシーンでは佐古田に声をかけてしまうと思うんですよ。カンバーバッヂは投稿ネタの中で「最高」と認定されると進呈されますが、出し惜しみをされているのか、なかなかゲットできない。番組のHPに写真がアップされていて、一見して分かるものでしたし。
平子 僕が放送開始前に何の変哲もない缶バッジにマジックで書きなぐった、あんな雑なノベルティグッズをリスナーはあがめ、伝説的な扱いをしてくれていたのかと、すまない気持ちになりました。
酒井 富山はまだ一個も貰えていないのに、チビで髪の毛がピンピンはねていて便所サンダルをつっかけた佐古田のリュックには二個もぶらさがってる! 富山には衝撃的で、屈辱だったでしょうね。
佐藤 いまはリスナーさん達がツイッターなどのSNSを通じて簡単に知り合えますが、もう少しインパクトが欲しくて、また、どのように出会うのかは私には大切なことでした。そこはやはりカンバーバッヂを通してだろうと。小説の中では二〇一四年のキングオブコントの賞レースのことも使わせていただきました。決勝十組に入れなかったとき、番組内で平子さんが恐竜に扮して咆哮し、酒井さんも吠え、コンテストものやファイナリストを食べるといった回で、実際に聴いていて、本当に悔しいんだなと胸に迫るものがあり、コンビニ店内の人間関係に悩む富山にも「俺の咆哮をしよう」と決意を固めさせました。
平子 僕は追い詰められると、本音で話すことがあります。伝わるんでしょうね、お仕着せの言葉か、本音かということは。リスナーの反応はメールをもらったり、直接会って話を聞いたりして知ることもありましたが、彼らの生活に僕らのラジオがどういうふうに浸透しているのかというのは窺い知れない部分でした。この小説は実在のリスナーの話だよと言われたら、そう信じてしまうほどのリアリティがあって、富山が咆哮したり、怖いコンビニ副店長との会話とか、いくつかのシーンで胸がじんわりしていました。
主人公になりきる
佐藤 アルコ&ピースのオールナイトニッポンが二〇一五年三月の改編期を乗り切れるかどうかというテーマの「エンド・オブ・ザ・ワールド」を聴いたときは、ここは外せないなと思いました。番組の今後という死活問題をそのまま悪ふざけのようなネタにする「ラジオの生きざま」は本当にカッコよかったです。二部から一部に昇格したときと同じシチュエーションで、本当の終了時とあわせて計三回やりましたが(笑)、実際に小説の中にどのように入れるかと考えると、やはり富山や佐古田はヘビーリスナーですから、私と同じく彼らもハラハラしている。富山は一年限定の「逃亡」も終わりに差し掛かって、彼らの世界でもある種のクライマックスを迎えつつあって、それと「エンド・オブ・ザ・ワールド」をどのようにつなげていくのかは難しかったです。書いてみて、何とかつながったかなと思っていますが、賭けのようなものでした。
酒井 僕らのラジオと似てますね。
佐藤 ほかの小説家の方はわかりませんが、私は演技をするくらいの感じで主人公になりきらないと書けないんです。主人公の置かれた状況に自分を追い込み、どのように進むかは書きながらでしか見えてきません。どこに行き着くのかも書き上げてみないと分からず、違うラストになった小説もあれば、ラブストーリーでくっつく相手が変わったこともあります。行き先不明なところは、おふたりの番組と一緒かもしれません。
聖地巡礼、「伝説」になる
酒井 僕らが放送しているところを見ようとは思わなかったんですか。
佐藤 この本のカバーの写真を撮影するとき初めてニッポン放送のラジオブースを見せていただきました。「平子さんはこっちに座って、酒井さんはこっちでした」とか「石井ディレクターはここからキューを出していた」といったことを局の人に説明していただき、オールナイトニッポン見学ツアーの聖地巡礼みたいで、いちいち感動していました。
酒井 僕らの番組が今年三月末で終わった後のことですね。なんだか故人を偲ぶような感じになってしまって。
佐藤 番組の終了を知ったのは、すでに書き上げていたものの改稿中のときで、この本は出せないんじゃないかと思いました。小説の中では番組は継続し、めでたしめでたしとなっているのに、本が出版されるときには、めでたしでなくなっていたというのは、まずくないかと考え込んでしまいました。
平子 でも、終わったからこその美しさや愛おしさってものもあるし、若くして志半ばで命を失ったミュージシャンが伝説になるみたいな感じにもなる(笑)。僕らも割り切れないところがあり、ラジオブースのある有楽町界隈に魂が浮遊している感じがしていました。でも、この本が出ることで、ピリオドを打ってもらえ、やっと昇天できた気がしています。
佐藤 そんな風に仰っていただけると、こちらも少しは救われますが。
酒井 リスナー達にこの本を買ってもらい、供養してもらいましょう(笑)。
平子 一人三冊、必ず購入ですね。これまで無料の電波を拾って、さんざん楽しんできたのだから(笑)。素晴らしい小説だから読めよって言いたい。
佐藤 でも、九月からTBSラジオでレギュラー番組「D.C.GARAGE」が始まりますね(毎週火曜日、二十四時スタート)。おふたりが楽しくしゃべっていれば、リスナーはそれだけでうれしいですから。深夜、何となく淋しくても、パーソナリティの声が流れてくると夜が明るくなり、安心できる。おふたりの番組で笑わせてもらうと、リフレッシュでき、悪いものも消えてなくなる気がしました。パーソナリティがリスナーに寄り添って、何かしてあげたいとか、救ってあげたいとか、上から目線でない感じもまた良くて(笑)。結果的には救ってますが。
酒井 そういったエールの要素やお悩み相談のコーナーを平子さんが入れようとしたこともありますが、時すでに遅しで、僕らにはムリでした(笑)。
佐藤 リスナーへの思いがあるからこそ響くものがあり、届くものがあって、小説に書きたくなったのだと思います。
(ひらこ・ゆうき/さかい・けんた お笑い芸人)
(さとう・たかこ 作家)