書評・エッセイ

2016年10月号掲載

本格ファン必読、“夢の国”のミステリ

――七河迦南『わたしの隣の王国』

千街晶之

対象書籍名:『わたしの隣の王国』
対象著者:七河迦南
対象書籍ISBN:978-4-10-180154-4

 二○○八年、『七つの海を照らす星』で第十八回鮎川哲也賞を受賞してデビューした七河迦南は、寡作ながらどの作品も高水準で、常にミステリ愛好家を唸らせている実力派だ。短篇集『空耳の森』から四年ぶりの新作『わたしの隣の王国』は、ファンの期待を裏切らない緻密な本格ミステリ長篇であり、同時に、今までの作風とは大きく異なるファンタジー・ミステリでもある。
 本書の末尾には「この物語はフィクションであり、登場する人物・団体・場所等は全て架空のものです」という但し書きがついている。わざわざこう記されている作品には大抵現実のモデルが存在するものだが、本書の舞台となるのは、千葉県浦安市の某アミューズメントパークを連想させずにはおかない巨大施設「パーク・ハッピーファンタジア」。古今東西のファンタジー小説やコミックをモチーフにしており、さまざまなアトラクションが人々を楽しませている。シンボルキャラクターのハッピー・パピーは、二本脚で立って人間の言葉を話す子犬だ。パピーをはじめとするキャラクターは園内の二ヶ所に同時に出現しないよう工夫されており、声優もシークレットとなっている。
 空手とファンタジー小説を愛する若い女性・杏那(あんな)と、その恋人で研修医の優(ゆう)が、この物語の主人公である。パーク・ハッピーファンタジアにやってきた二人は、本来なら部外者立入禁止となっている研究所の塔に足を踏み入れてしまい、そのため事件に巻き込まれる。杏那のほうは、エレベーターから出た時、クマの騎士のキャラクターであるエドガーと遭遇、そこでエドガーと何者かが争っているのを目撃。気がつくと、先ほどまで彼女がいた現実とは異なるファンタジーの世界に迷い込んでいたのだ。その世界では、パーク・ハッピーファンタジアのキャラクターたちが(人間の入った着ぐるみとしてではなく)実在しており、科学の代わりに魔法が発達している(ジョン・ディクスン・カーの小説の名探偵フェル博士みたいな喋り方をする魔法使いも出てくる)。そんな異世界で杏那は、知恵と勇気を振り絞って魔王の勢力と戦いながら、四方の扉が監視下にあり、なおかつ呪文で扉が封じられた密室でエドガーが何者かに殴られた事件の謎に挑むことになる。一方、優のほうは現実の世界で不可解な事件に直面していた。研究所の二階のホールでパークの取締役が殺害されたのだが、こちらも夢の世界の事件同様、現場の扉の前には人がいて犯人の出入りは不可能だった......。
 あくまで論理的な推理と調査によって謎が解き明かされる現実の世界と、幻想と魔法で統べられた夢の世界(ただし、この世界においても何でもありというわけではなく、魔法にも一定のルールが存在する)。二つの世界での謎解きが同時進行する構想は、通常の本格ミステリと、ランドル・ギャレットや山口雅也や北山猛邦らが得意とする異世界ミステリとを一作に同居させたようなゴージャスさだが、それぞれが完全に独立しているのではなく、夢の世界の出来事なしに現実の事件が解決できないようになっているのが本書の特色だ。かなり難度の高い趣向であり、読者にも高度な推理力が求められるが、非凡なリーダビリティのおかげで難解さは感じない。
 テーマパークのアトラクションさながら、トリックや趣向が次々と繰り出されて読者を飽きさせない本書で、特に目につくのは言葉遊びの要素だ。七河迦南というペンネームはローマ字で NANAKAWA KANAN と記せばわかるように回文になっているが、本書はそんな著者らしい作品に仕上がっている。また、現実世界の事件の真相は、(詳しくは説明できないけれども)一見アンフェアな発想をフェアそのものの論理で成立させるという、ミステリ史上殆ど成功例がないはなれわざの達成である。
 本書において現実と夢は単純な二項対立ではない。現実もまた来訪者たちに夢を見せる装置であり、関係者たちの夢が託された職場であるという意味では「夢の国」に他ならないのだから。そして本書自体が、本格ミステリ愛好家を手を替え品を替えしてもてなし、夢のように楽しい時間を過ごさせるアミューズメントパークとして設計されているのである。

 (せんがい・あきゆき ミステリ評論家)

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