書評・エッセイ

2017年1月号掲載

お坊さんだって、ワーキングプア

水月昭道『お寺さん崩壊』

水月昭道

対象書籍名:『お寺さん崩壊』
対象著者:水月昭道
対象書籍ISBN:978-4-10-610696-5

 神や仏に対する信仰心が薄れている、と聞いても日本人はもはや誰も驚かない。一方で、現代でも確たる信仰が残るものもある。学歴信仰などはその最たるものだ。現代技術文明社会では、神や仏よりも学歴のほうが人生の支えになると未だ信じられている趣がある。二〇〇七年、私が自著『高学歴ワーキングプア』にて、それがまやかしであることを既に明らかにしたにもかかわらず。
 末は博士か大臣か、と言われた博士様の実態は貧困層の住人だった、と示しても、子どものなりたい職業の筆頭付近に研究者は位置し続けている。
 人々は自らが信ずるところのものを信じて生きていく。"信"に反する事柄には「そんなバカな」という疑心を常に携えて。
「学歴は武器にならない」と聞けば「まさか!」と疑い、なおさら頑になる。結果、更に学歴信仰へと傾く。同様に、神や仏の存在には子どもですら「どこに?」などと嘯く始末。仏さんも人の疑心の前では憐れ、風前の灯火である。
 本書のテーマである「坊主丸儲け」言説も同じ構図に支えられてきた。「お寺は貧乏らしい。貧困僧侶が増加中」と耳にしても、「嘘吐き。寺は非課税だろう」「坊さんはちょろっとお経をあげて高い布施を懐に入れてる」と一笑に付されるのみ。
 そんな背景もあって、どこで聞きつけたのか私が地方寺院の生まれということを知った一部の方々から、先の書『高学歴ワーキングプア』は批判されてきた。曰く、「お前の実家は寺だろう。大学教員の仕事をたとえ(任期切れで)失っても跡を継げばウハウハだろう」と。事実は逆で、地方寺院を背負うためには「兼業」が欠かせない。業界では周知の事実だが、世間はなぜか寺は金持ちと信じたいようだ。
 本書『お寺さん崩壊』では、こうした世間の思い込み(信仰?)を解くべく、特に、地方寺院の窮状やお坊さんの身も蓋もない現実を可能な限り明らかにしている。
 寺院を護持するために他で正規雇用され、そこでの給与を寺の赤字補填分に充てる住職。我が寺は貧しいため、大きな寺へと出稼ぎに行き顎でこき使われる住職。ガソリンスタンドなどのアルバイトを掛け持ちするも己の糊口を凌ぐので精一杯で、もはや結婚などとうに諦めている住職。地方寺院を取り巻く現実は、かように涙無くしては語れない。今やお寺は、「なぜ自分は寺に生まれたのか......」と悩む跡取りたちでいっぱいだ。
 誰もが信じていることの裏側には思いも寄らない真実が横たわっていることが少なくない。それは表面的な部分をなぞるより遙かに複雑で深刻だったりするが意外に滑稽でもある。それこそが驚きをもたらし私たちの"信仰"を次の次元へと解き放つ。本書でその希有な体験をしてみて欲しい。

 (みづき・しょうどう 地方寺院住職・人間環境学者)

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