書評
2017年2月号掲載
誰がコンテンツを殺すのか?
武田徹『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか ネット時代のメディア戦争』
対象書籍名:『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか ネット時代のメディア戦争』
対象著者:武田徹
対象書籍ISBN:978-4-10-610700-9
ケーキを取り分けるとき、「兄ちゃんの方が大きい」「自分のにはイチゴが乗っていない」等々と、いつもケンカが絶えない兄弟がいる。彼らが平穏におやつを食べられる日はいつ来るのか。
実は解決は簡単だ。ジャンケンで勝った方がケーキにナイフを入れる。しかし二つに切り分けられたケーキを最初に取るのはジャンケンに負けた方と決めておく。するとナイフを入れる側も不公平な切り分け方はできない。自分の方に小さいのが来るに決まっているから。イチゴの有無など好き嫌いが混じる問題も、切り分けなかった方が先に好きな方を選べれば文句は出まい。
これは制度「設計」の妙で、感情や欲を持つ人間をうまく制御した例だ。しかし、「設計」はこんな結果も招く......。ネットの古書通販ページを見ると1円で販売中の本が大量にある。実はその通販ページでは値札の安い順に上から表示される「設計」になっている。そこでページ上位に表示されずには勝機がないと考える出品者は安売り競争に躍起となり、ついには1円まで値下げする。仕入れ値以下で売っても販売報奨金や、安く配達して定額設定の送料を浮かして補填できれば赤字にはならないが、泣きたいほど薄利なのは間違いない。
一方でネット通販運営者は売り主と買い手を繋ぐ「メディア企業」として商いが成立するたびに一定額の成約料を徴収する。その中から販売報奨金を出品者に還元しても損しない設定にしておけば、安売りに励んでくれる出品者のおかげで他業者との競争に勝って成約料収入が増えればウハウハだ。
注目すべきは、この通販において本の内容、つまりコンテンツへの評価が全く介在していないことだ。従来の古書店であればコンテンツの価値に応じて書店員が値付けをしていた。だが、この通販ではコンテンツ内容とは無関係にメディアの「設計」によってあっけなく安売りが誘導されている。
価格崩壊だけではない。かつては新聞や雑誌を購読せずには読めなかった記事が、今やスマホからリンクを辿ればバラで読めてしまう。パッケージビジネスが成立しなくなっている中、コンテンツ製作者側も生き残りをかけて様々な取り組みを始めているが、IT系メディア企業は人工知能まで動員して勢力拡大をはかる......。
新著は、こうしたコンテンツとメディアの攻防の最前線を取材した。個人的にはメディアが便利に使えるようになる一方で、良質のコンテンツがそれに見合う代価で流通し続けられるような未来を望みたい。そのためにはケーキの取り合いを止めさせるのと同じく、メディアとコンテンツの両立をはかる社会「設計」が必要だろう。現状を網羅し、分析した拙著が、そんな「設計」について考えるヒントを提供できれば、それこそ著者冥利に尽きるというものだ。
(たけだ・とおる ジャーナリスト・評論家)