書評・エッセイ

2017年2月号掲載

「動物写真家・梅佳代」のデビュー写真集!

――梅佳代『白い犬』

飯沢耕太郎

対象書籍名:『白い犬』
対象著者:梅佳代
対象書籍ISBN:978-4-10-333682-2

 梅佳代さんと話していると、よく動物写真家のことが話題になる。岩合光昭さんや星野道夫さんの仕事に対する共感やリスペクトはかなりのもので、どうやら本気で、彼らのような写真を撮ることに憧れているようだ。
 梅さんのトレードマークといえば、いうまでもなく「日常スナップ」であり、被写体は家族や、街中で見かけたやや奇妙な仕草をしている人物たちだ。アフリカやアラスカに出かけて、生きものたちの未知の生態を追う動物写真とは対極にあるように見えるのだが、彼女の写真をよく眺めると、実はそうではないことがわかる。

 梅さんの写真を読み解く鍵は、「距離と客観性」にあるというのが僕の持論だ。彼女のスナップ写真は、一見何気なく、心のおもむくままにシャッターを切っているようで、常に被写体を冷静に観察し、絶妙の距離感を保ち続けている。あの、誰もが笑ってしまうような場面を、あれだけの確率でキャッチするためには、偶然に身をまかせているだけでは絶対に無理である。
 どれくらい相手との「間」を詰めるのか、どう仕掛ければどう反応するのか、微妙な感覚に磨きをかけ続けないとスナップ写真の精度をキープするのはむずかしい。そのあたりの駆け引きは、まさに動物写真家たちと共通するのではないだろうか。

 その梅さんの「動物写真家デビュー写真集!」が本作である。
 撮影しているのは、「弟が野球部の寮から拾ってきた」というリョウという名前の「白い犬」。梅さんが18歳の時に大阪の写真学校に入るために実家を出て、夏休みに帰省するとリョウが家族の一員になっていた。以来17年間、帰郷のたびに折に触れて撮り続けた写真を一冊にまとめたのだ。

 写真を見ていると、最初の頃は犬が恐くて、「木の枝で撫でたりして」いたのだが、そのうち次第に馴染んできて、例の「距離と客観性」を自在に発揮できるようになっていく様子がいきいきと伝わってくる。リョウは愛嬌のある楽しい犬で、表情や仕草がコロコロ変わる。時には沈鬱で悲しげな表情になったり、悪戯っ子のように跳ね回ったり、意外に獰猛な野生の顔つきを見せたりする。梅さんはその千変万化を、じっくりと腰を据えて、連続的に撮影している。彼女の『じいちゃんさま』(リトルモア、2008年)のような家族写真には、一瞬の切れ味を見せるスナップ写真とはまた違った、ゆったりとした時の流れが写り込んでくるのだが、『白い犬』もそんな趣のある写真集だ。

 写真集のあとがきで梅さんが書いている、リョウの最後の日の描写が実に味わい深い。ある日、父親が居間にいたら「年取ってよぼよぼになった」リョウが入ってきて、顔をじっと見て、少し寄り添ってから出ていったのだという。「そんで次の日の朝、玄関の戸がちょっと開いとってリョウがおらんくなっとった。夜の間に山に行ってもう帰ってこんかった。そしてリョウが終わった」。
 まるで『遠野物語』や『シートン動物記』の一節のようなこの文章を読み、あらためて写真集を見直すと、どこにでもいそうな雑種の「白い犬」の一生、梅家の人たちと過ごしたリョウの17年間が、キラキラとした輝きを発してよみがえってくるように感じる。むろん、そこには「動物写真家・梅佳代」の力量が、充分に発揮されているということだ。

 もしかすると「写真家」の仕事としても、『白い犬』は梅さんの転機になっていくかもしれないとも思う。今後はこれまで以上に、「物語作家」としての側面が強まっていくのではないだろうか。そんな予感がする。

 (いいざわ・こうたろう 写真評論家)

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